第4章 恋知りの謳【謙信】
バン!!!
突如、目の前の襖が力任せに開け放たれ
「…謙信…様…!」
姿すら見ることも叶わないのだろうと思い始めていた愛しい人が、目の前に現れた。
久々に近くで見る謙信の顔は、相も変わらず端正で。こんな状況でも見惚れてしまう。
切れ長の色違いの瞳に見降ろされ
美蘭の胸に、じわりと熱い感情が広がった。
だがそれは一瞬の出来事だった。
「…佐助。参るぞ。」
謙信はそう言うと、
美蘭には何も言葉をかけることなく、柔らかな髪を靡かせてその場を去って行く。
「……っ…。」
覚悟はしていたものの、
美蘭は、
さよならすら言わせてもらえないこの状況に打ちひしがれ、
ただ呆然と、去りゆく謙信をみつめるより他なかった。
「…謙信様!」
流石の幸村も、
謙信の美蘭へのあまりの対応に耐えかねて大きな声を上げた。
だが謙信は、
その幸村の声にも反応することなく、行ってしまった。
謙信の後を追おうとしている佐助が美蘭の前で足を止めた。
そして
「…美蘭さん。すまない。昔から因縁のある相手に戦を仕掛けに行くって言い出して…謙信様は今戦モードなんだ。また、安土に会いに行くから。それまで達者で。」
そう申し訳なさそうに言い残して、謙信の後に続き去って行った。
(さようなら、謙信様。)
美蘭は、言葉にすら出来なかった別れの挨拶を、静かに心の中で思い浮かべた。
(………愛しています。)
春日山の前には
信玄率いる武田の軍勢が、自分たちの領土を取り戻せる!と喜び、ひしめき合っていた。
隊の出発の準備は万端である。
そこへ、幸村が美蘭を連れて合流する。
「さあ天女。暫し俺の腕の中へ。」
遠い目をした無言の美蘭を、自分の馬に乗せた信玄は、
幸村の何かに納得いっていない表情も合わせて鑑みて、謙信が美蘭にきちんと別れの挨拶をしなかっただろうことは容易に想像できた。
(…伝わったと思ったんだがな。)
昨夜の謙信の瞳を思い出しながら、
信玄は溜息をついた。