第4章 恋知りの謳【謙信】
今日は春日山とお別れの日。
…謙信様と、お別れの日。
初めて渡り廊下で出会ったあの日。
なんて美しい人なんだろうと思った。
同時に
人を寄せ付けない雰囲気を怖いと思った。
気に入らなければ親しい人にも刀を抜くとか…戦が好きだとか…知れば知るほどわからない人だと思ったこともあったけど、
その裏にある
律儀さや、優しさを知ってしまった。
笑顔を
温もりを
知ってしまった。
好きに…なってしまった。
一瞬でも通じ合えたと思ったあの瞬間が、忘れられない。
だけど違った。
謙信様にとっては、ただの戯れだった。
でも
謙信様にとって戯れでも何でも、
わたしは幸せだった。
佐助くんや幸村に救われていたけれど、人質として連れてこられて不安だった日々に光を与えてくれた。
笑顔を思い出させてくれた。
せめてきちんとお別れを言いたい。
あなたに出会えて良かったと、伝えたい。
幸村とともに、謙信の部屋の前に辿りついた。
「謙信様。美蘭が、挨拶したいって言ってます。」
幸村は、人の気配がした部屋に向かって襖の前で声をかけた。
暫くの沈黙の後、
シュッと襖が開かれた。
「あ…っ」
出て来たのは、佐助ただ1人。
「すまない。謙信様は手が離せなくて…顔を出せない。」
「…っ。」
もう会えないかも知れないのに
挨拶すらしたくないのだろうか。
そんなにも自分の存在は
謙信の中で薄っぺらな物だったのか。
美蘭の瞳から涙が一筋、伝い落ちた。
「…美蘭さん…。」
これが、現実。
でもそれは、わかっていたこと。
美蘭は、大きく息を吸った。
「…謙信様。」
そして、
僅かに震えているが、何か吹っ切れたような凜とした声で、襖の向こうにいるであろう謙信に、話し始めた。
「いまから安土に戻ります。」
(謙信様、あなたになんと思われていようと)
「…わたしは…」