第22章 第21章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜車輪〜 ③
「……はあ…っ。」
謙信は、忌々しそうに大きくため息をつくと
ビュン!と音を立て、
華麗な所作で鶴姫を自分の脇差に差し戻した。
「今回は美蘭の命に免じて見逃してくれる。だが、また美蘭を軽んじ傷つけるようなことがあれば…この鶴姫で切り裂いてやるから心しておけよ、秀吉!」
そう言い捨てると
謙信は踵を返して門戸に向かった。
その背中に、
秀吉が呟いた。
「美蘭は…おまえと口付けたと思っている筈だ。」
自分と口付けたなど、恋い焦がれている女は知る由もない。
恋人と口付けたと思っているのだから。
口付けをしたところで気づかれもしなかった虚しさを思い出し、秀吉は半ば自虐的に言った。
そんな秀吉に
「それが馬鹿にしていると言うのだ!」
謙信は振り返って、言った。
「…謙信…」
「おまえを信頼している美蘭を騙し、誤魔化すような真似は許さん!」
その揺るぎない瞳が語る言葉には
敵味方なとと言う概念は、もはやなかった。
ただ1人の女を愛するただ1人の男の
まっすぐ過ぎるほどに、愛に満ちた、言葉。
「おいおい。正々堂々迫ればいいってのか?」
政宗が、片方の眉だけ上げて怪訝な顔でそう聞くと
「その方がまだマシだ。無論、阻んでやるがな。」
謙信は、凜としてそう答え、
また踵を返した。
「今宵は予定通りであろうな?」
信長の声に、謙信が瞳だけ振り返れば
信長は見覚えのある文をヒラヒラと振りかざしていた。
謙信が美蘭に託した案内状であった。
「…!……武士に二言などない。」
謙信は、信長にそう答えると門戸を出て行った。
「…律儀というか…馬鹿正直というか…。」
「ある意味あの女でなければ手に負えない男だな。」
家康と光秀がそう呟く隣で
「しかし秀吉。ただの堅物かと思いきや。おまえ、ヤル時ゃヤルじゃねェか。」
政宗が嬉々としてそう言うと
「……そんなんじゃねェ…。」
ため息をついてそう答えた。
「今宵が楽しみだ。」
信長がそう言ってニヤリと笑うと
武将たちも皆、頷いた。
続