第4章 恋知りの謳【謙信】
次の日。
「支度できたか?」
昼餉を済ませた暫くの後、
武田と織田の取り引きの地へ出かけねばならない時間となり、美蘭の部屋に幸村が迎えに来た。
「支度なんて…ないよ。人質だもん。」
眉を下げて笑う美蘭。
「…っ。悪りィ。」
幸村に悪気がないことなど百も承知な美蘭は、ニコリと笑顔を向けて、言った。
「ううん。いろいろ気にかけてくれて、ありがとうね。幸村。」
その笑顔が可愛らしすぎて、ドキリとさせられた幸村。
「…っ!別…に。じゃあ…行くぞ。」
紅潮した頬を見られたくなくて、ぶっきらぼうにそう言って信玄のもとに連れて行こうと踵を返すと
「あの…」
その背中に遠慮がちな声がかかる。
「佐助くん…たち…は?」
「………。」
友人である佐助も気になるのも本音であるだろうが、その言葉の裏に、謙信を気にかけていることは明白であった。
いい知らせを聞かせてやれないとわかっている幸村は、バツが悪そうに口を開いた。
「謙信様は別件で出掛けるらしくてよ。佐助もそっちに同行だ。」
「……そっ…か…。2人に…ご挨拶くらい…したかったな…。」
また眉を下げて笑う美蘭。
その笑顔が痛々しくて
なんとかしてやりたくて
「部屋に寄ってみるか?まだいるかも知んねぇし。」
そう幸村が言うと
「…!いいの?」
美蘭の顔は、パァッと明るくなった。
「…っ!…じゃあ急ぐぞ。信玄様が待ってんだから。」
なぜか笑顔にいちいち反応して無駄な体力を消耗してしまう幸村は、軽く溜息をついて、踵を返した。
美蘭は、幸村の後を追った。