第4章 恋知りの謳【謙信】
鶴姫に込められていた戦意が失われたことを確認した信玄は、自分の刀を腰の鞘に収めた。
「…まあ、すまんが織田と武田の交渉は済んだ話。美蘭は…俺の人質は、織田に返させてもらう。」
本当は
信玄が織田に美蘭を返すと決めたのは
美蘭と謙信を引き裂きたかったからだった。
いつのまにか美蘭に恋惹かれていた信玄。
だが、美蘭の心は頑なに閉ざされたままだった。
それがいつのまにか
謙信には心を開いていた美蘭。
うさぎに会いに行き可愛い笑顔を見せていたことを知り、自分には見せない笑顔を謙信には見せている美蘭の姿に、激しく嫉妬した。
自分のモノにできないのなら、
2人を引き裂いてやる。
武田にとってまたとない取り引きであったとはいえ、そんな醜い感情に突き動かされてしまった。
だが
そんな自分の策略をあずかり知らぬところで、謙信が美蘭を手放そうとしていた。
美蘭の可愛いらしい顔はみるみる曇って行き
自分から手を離した筈の謙信までが生気を無くした。
自分の策略とは関係ないが崩壊していく2人を目にした信玄は、喜ぶどころか胸が苦しくなった。
(…こんな気持ちになるとは。この甲斐の虎も甘っちょろくなったモノだ。)
信玄にとって、2人は大切な存在になっていたのだ。
その2人の顔が曇ることは、自分の本意ではなかった。
この戦乱の世では、
不本意など山ほどある。
だが、
心の友と愛する女が見失いそうな道くらい
気づかせてやりたいと思った。
「人質で転がり込んできた女との恋は偶然の産物。だが本当に大切なら…織田の姫に戻った美蘭を迎えにでも行けよ。軍神らしく。堂々とな。」
「…ふん。知ったような口を。」
ようやく見せた謙信の軍神らしい瞳の輝きに、
信玄は安堵した。
だが、取り引きは明日。
…運命は動き出していた。