第4章 恋知りの謳【謙信】
「美蘭を傷つけることは…許さん…っ。」
刀をギリギリと押し合いながら、
刃の影から信玄に向けられた謙信の怒りを含んだ表情。
それは戦ですら見たことのなかった、余裕のない表情だった。
「…俺は…誰かに傷つけられてボロボロになっていた美蘭を慰めてやっただけだ。」
「……っ…。」
信玄の一言に、揺れた謙信。
その一瞬の隙を見逃さず、
形成逆転した信玄は、ガキン!ガキン!と謙信に斬りかかる。
「まさかお前…美蘭を遠ざけて、あの娘を守ったつもりでいるのか?自分と共にいれば、また伊勢姫のように不幸にしてしまうと?」
「…っ……黙れ…ッ!」
「軍神が聞いて呆れるな…。」
キイーーーン!
力任せに刀を押しやりながら、後ろへ下がった信玄。
2人の刀は一旦離れたが、お互いに刃先を向けたまま間合いを取っている。
冷静な信玄に対し、謙信は肩で息をしていた。
「戦の神が…女1人自分の力で幸せにできネェのか?もうあの頃の…家臣さえ思うように動かせなかった若造じゃないだろ?」
ジリジリと、お互いの隙を探している。
「あの時は抗えぬ力に引き裂かれた…それは仕方ない。だが今お前は…力を尽くす前に…恐れをなして逃げようとしているだけだ。」
「…!…何…を申すか…ッ…!」
顔を歪めた謙信は、
叫びながら刀を大きく振り上げ間合いを詰め、振り下ろした。
ガキイィン!
「いい顔してるぜ謙信。…能面みてェな無表情じゃなく…そうやって何かのために必死に戦えよ。」
鶴姫を受け止めながら、この場面に不似合いな笑顔で信玄は言った。
「代われるならむしろ代わってやりたいが…誰でも美蘭を笑顔に出来る訳じゃない。」
「…!!!」
自分は何という思違いをしていたのか…
あの花のような笑顔を封じてしまったのは自分自身だったのだと。
今、謙信は気づかされた。
伊勢姫は命を失ったが、
美蘭は生きている。
だが、心が死んでいたとしたら。
…それは死んだも同然ではないのか?
また、
あの笑顔の花を咲かせられるのは、己のみ。
ならば
美蘭を幸せにできるのは…