第4章 恋知りの謳【謙信】
真夜中の稽古場に、
幾度となく
繰り返し
ブン!と太刀を振るう風を切る音が響いていた。
月明かりの中
流れるような美しい所作で太刀を振るっていたのは
「随分と荒れた太刀筋だな、謙信。」
稽古場に不躾に入ってきた信玄を
「……。」
謙信は色違いの瞳で睨みつける。
「なんかの敵(カタキ)でも見るような眼だな?」
信玄は、笑っているがギラリと眼を光らせて底冷えがするような低音の声で言った。
「煩い。鍛錬の邪魔をすると斬り伏せるぞ。」
謙信は、信玄のまっすぐな視線から逃れるように、ふいと背中を向けて、稽古場の奥に足を進めた。
「明日…申の刻(16時ごろ)に美蘭を引き渡しに行ってくる。」
「……いちいち俺に断る必要はない。勝手にしろ。あれは…」
「そうだ。俺の人質だ。」
「…っ。」
散々自分で美蘭を突き放しておきながら、自分以外の人間に所有権を主張されると、謙信は身体を固くした。
その様子に、謙信の、美蘭への想いの片鱗を見た信玄は口端を上げた。
「その俺の人質に勝手に手を出したのは…謙信、お前だろう。」
「…ふん。1度夜の相手をさせただけた。そんなにお前が執着しているとは思わなかったのだ。悪かったな。」
全く申し訳なさそうではない、心のこもっていない謝罪に苦笑して、
信玄は踵を返しながら呟くように言った。
「ああ、今後俺のモノに勝手に手を出すのは止めてくれよな。流石に着物を脱がせた女に他の男の印なんぞ見つけた日には、興が冷める。」
刹那。
稽古場の中から信玄の背中に向けられた、
殺意。
ガキイィィーーーンーッ!
「…っ貴様…ッ!美蘭に何をした…っ?」
真上から振り下ろされた鶴姫一文字を、信玄は自分の刀でそつなく止めた。
「俺の人質に俺が何をしようがお前に関係ないんだろ?」
「…ッ!」
謙信は…怒りを露わに、キンッ!と音を立て更に斬りかかる。
「しかしお前も、乳房にあんな跡がつくほど吸いつくとは激しいな?まああの身体ならわからなくもない…」
信玄は何度も刃を受け止めながら
「俺も気に入っててね。…返すのが惜しい。」
信玄は、
裸を覗き見ただけなのに大袈裟に話して謙信を煽った。