第4章 恋知りの謳【謙信】
「良かったな。美蘭さん。」
「人質なんて姑息な手段、俺は好きじゃねぇ。良かったな。」
友人として素直にもといた織田軍へ帰れるようになったことを喜んでくれる佐助と幸村。
美蘭は、友人である彼らに笑顔を返したいと思うのに、作り笑いすらできない。
織田に返されたらもう2度と謙信とは会えないかも知れない。
無意識に謙信に視線が向いてしまう。
しかし、
謙信が美蘭を気にしている様子は一切ない。
「……っ。」
今も視線すら合わせてももらえないのに
(このままでいたいだなんて…わたしは馬鹿だ。)
美蘭はうつ向いて膝の上で着物を握り締めた。
間も無く、
上座に座していた謙信が立ち上がった気配。
今日に始まったことではないが美蘭の存在には目もくれず廊下を目指す謙信の姿に、美蘭の胸は、またズキリと痛むが、目で追ってしまう。
「そういうことだ。謙信。」
自分の前を通り過ぎた謙信に、
信玄が
頬杖をついてお茶を飲みながらそう声をかけると
広間を出る直前で信玄に振り返った謙信は
表情もなく冷たい声で言った。
「…お前の人質をどうしようが、俺には関係ない。」
「…っ!!!」
もう会えなくなるかも知れないと考えただけで胸が張り裂けそうに苦しくなるほど、謙信を好きになってしまった美蘭。
だが
あの優しさも、
あの笑顔も、
あの温もりも
…もう自分に向けられることは無いのだと、決定的に思い知らされた。
(……謙信様…っ……。)
謙信はそのまま広間を出て行った。
パシン!と入り口の襖が閉まり、
謙信の足音が遠のいて行く。
『……美蘭さん…?!」
『…っおい!どうしたんだよ?」
美蘭の瞳からは涙が流れ落ちていた。
信玄は、
その様子を黙って見ていた。