第4章 恋知りの謳【謙信】
美蘭が信玄に伊勢姫の話を聞いてから
半月ほど経ったある夜。
信玄の号令で、
久しぶりに揃って広間で夕餉となった。
一段高い上座には、謙信と信玄。
広間には、幸村と佐助、それに美蘭。
広間で食事をとる際はいつもこの並びと決まっているが、以前揃って食事した時と明らかに異なっていたのは謙信と美蘭の様子。
謙信は、この広間に美蘭など存在していないように振舞っているし、
美蘭はその真逆で、気まずくて謙信を見ることすらできない…といった様子なのである。
「なんなんだ?この雰囲気…」
全く事情がわからない幸村が思わず口に出すと
「幸村。お食事中は無駄話しない!」
佐助が黙らせようとする。
「意味わかんねー。」
「子供は知らなくていいんだ。」
「あ?!誰が子供だよ!」
2人のいつもと変らぬ会話が、ほんの少しその場の空気をマシなものにしていたかも知れなかったが、
もう飽きたと言われた相手と同じ空間で食事を取るなど、美蘭には苦痛以外の何物でもなかった。
しかも
辛いのに、謙信が愛しい気持ちは消えない。
それが、更に美蘭を苦しめていた。
料理の味などわかったものではない。
まるで砂を噛んでいるようだった。
それでもやっとのことで食事の終わりが見えてきた頃
「そういえばまだ話していなかったが」
食後の甘味を食べ終えた信玄が思いついたように言った。
「美蘭を織田に返すことになった。」
「……え…っ…?」
美蘭の胸はドクリと嫌な音を立てた。
「織田に占拠された武田の陣地を、美蘭と引き換えなら返すと言うのでな。あの地は様々な場所への中継地となる貴重な土地。今後の戦のために取り戻しておきたいから…悪い取引じゃない。」
(織田軍のもとへ帰される?)
「もう織田の奴等とは話をつけてきた。女1人のためにあれだけの土地を返すとは…美蘭は余程奴等に気に入られているらしいな。流石は天女だ。」
(…それは春日山から去るということ…)
辛くても側にいるだけでもいいと思っていた美蘭にとって
(…謙信様の姿すら…見ることが叶わなくなるということ…)
それは考えたくない未来であった。