第4章 恋知りの謳【謙信】
信玄は、耳を疑った。
自分が欲してもなかなか手に入らない美蘭の気持ちを、横から謙信にさらわれた。
幾度も見かけた仲睦まじい姿。
…2人が相思相愛なのは間違いない。
美蘭を傷つけたくないと苦悩しているとはいえ
固く閉ざし続けてきた謙信の心が、
美蘭によって溶かされたことは明らかだ。
だというのに
今、目の前の美蘭は、謙信のことを知っても自分には意味がないと涙している。
(いったい何があったんだ…?!)
まさか謙信は
こうして運命の女に出会えたというのに
まだ今も
かつての悲劇の呪縛に囚われているというのか?
信玄の言いつけを守ったまま、真っ直ぐに起立したまま止まらない涙に飲み込まれぬよう、声を殺して耐えている美蘭が、
愛しくて
不憫で
信玄は胸が押しつぶされそうになった。
床に落ちた夜着を拾い上げて美蘭の肩にふわりとかけると、
美蘭を掻き抱いた。
「…っ…触らないって…っ…。」
信玄の熱い胸板のあたたかい感触にドキリとしながら、美蘭はそこから逃れようと抵抗する。
だが、
そんなか弱い抵抗は、簡単に信玄の力強い抱擁に飲み込まれた。
「もう裸は見ていない。俺の着物でその涙を受け止めたいだけだ。」
抱き締めてくれる信玄の腕の中は、
あたたかくて
優しくて
「…っ…!…信玄…様…っ…」
美蘭は、
抑えていた気持ちも涙も全てが崩壊したように溢れ出し
信玄の腕の中で
声が枯れるまで泣き続けた。
(…謙信…お前は間違っている。)
信玄は、
泣き続ける愛しい美蘭を抱き締めながら
ある決意を固めたのであった。