第4章 恋知りの謳【謙信】
「決して君に触れないと約束する。」
信玄は、
喉がカラカラになりながら真顔でそう誓った余裕のない自分に内心苦笑した。
美蘭は静かに立ち上がると
月明かりを背にして信玄に向き直った。
愛しい女の肌を見られると、
下衆な欲望と期待に喉が鳴る。
唾を飲み込む音が耳に響き渡るほどの静寂の中
信玄に肌を晒したがる女たちの発情した顔とは程遠い、強い意思を含んだまっすぐな瞳が信玄を射抜く。
視線が絡み合うだけでこんなに胸が熱くなる感情を
信玄は知らなかった。
夜着の腰帯が、シュルリと解かれた。
パサリと床に腰帯が落ちると合わせが緩む。
月明かりが明るすぎて、こちらを向いている美蘭は影っていて見えにくい。
だが、開かれた夜着の隙間から垣間見える白い肌と柔らかそうな膨らみは、わかる。
信玄の体の芯に熱が灯った。
ゆっくりと夜着の肩が外されていき
白い肩が、
乳房が、
腰のくびれが、
細く美しい脚が
徐々に明らかになり
…パサリ
夜着が床に落ちた音が聞こえた後は
生まれたままの姿の美蘭が、凛とした姿で自分を見据えていた。
それは
さながら姫の貫禄であった。
(…織田家ゆかりの姫なのだから当然か。)
「伊勢姫は…上杉の人質だった。」
信玄は、約束通り話し始める。
「いつしか謙信と恋仲になった。…だが、敗将の娘との恋など歓迎されるわけもなく、2人は家臣によって引き裂かれた。」
「…っ…。」
いまの美蘭と、伊勢姫の境遇があまりに似通っていることに戸惑う美蘭。
だが伊勢姫と決定的に違うのは、
自分は謙信に飽きられてしまったということ。
張り裂けそうな胸元に両手を添えると
「手は下ろしておいてくれ。君のいいところが見えなくなる。」
「…っ!」
信玄の言いつけに、自分が今どんな格好をしていたか思い知り、顔から火がでるかと思う程に赤面したが、
しおしおと言いつけに従い、姿勢を正した。
「いい子だ。」
「…っ。」
身体中が心臓かと思う程余裕のない自分を知られたくなくて
信玄は、必死に余裕を見せつけるように、言った。
羞恥に歪む表情さえ、信玄の欲を掻き立てた。