第4章 恋知りの謳【謙信】
美蘭と信玄は、中庭に向かって並んで腰掛けて
約束通り月見をした。
2人の間に作られた微妙な距離。
それはそのまま、
2人の心の距離であった。
「さっきから話しているのは俺ばかりだな。今度は君が何か話して、その愛らしい声を俺に聞かせてくれないか?」
「……。」
美蘭は、黙ったまま。
その憂いを帯びた横顔に、
(泣いていたのは、謙信の所為なんだろう?)
信玄は胸を焦がした。
(今隣にいるのは俺だというのに…君は何を考えてる…?)
「…なら、君が知りたいことに1つだけ。何でも答えよう。」
「…!」
月見を始めてから、
初めて美蘭に反応があった。
「……伊勢姫という方は。どんな人ですか?」
月を見つめながら、
他の男に関わることを淡々と尋ねてくる美蘭。
『伊勢姫は…謙信の恋人だったお姫様だ。」
「…っ!」
美蘭は、深く傷ついた顏で信玄の方を向いた。
「やっとその麗しい顔を俺に向けてくれたな。」
(謙信は、ここにいないというのに君にそんな顔をさせることができるのか?)
「恋人だった……。過去形なんですね?」
震えながらその先を知りたがる美蘭。
「さあな。もう1つ答えたから終いだ。」
信玄のつれない返事に美蘭は詰め寄った。
「…っ!そんな……っきゃ!」
近づいた手をグイと引き寄せられ
美蘭は信玄の胸に抱き寄せられる形になった。
「やっと捕まえたぞ。俺の天女。」
「離して…っ。」
「もっと詳しく知りたいかい?」
「……。」
不本意だろう自分の腕の中でさえ、
謙信のこととなると無防備になる美蘭。
信玄は、謙信に嫉妬した。
「君の全てを晒してくれるなら…この俺に裸を見せてくれるなら…謙信と伊勢姫のことを、俺も全て君に教えよう。」
信玄は、
できるわけのない取引を持ちかけた。
謙信に関わる美蘭の願いを、
とにかく叶えたくなかったのだ。
「……約束してくれますか。」
「…何を…」
「見るだけで…決して触れないと。」
「……っ!」
信玄は、
美蘭の覚悟に驚いたと同時に
愛しい女の肌を見れるかも知れない事態に、固唾を飲んだ。