第4章 恋知りの謳【謙信】
泣きながら褥の上で眠ってしまった美蘭。
(……?)
あたたかな大きな掌に優しく頭を撫でられて、
幸せで
心地良くて…
目を閉じたままそんな感覚に身を任せていた
だが、
「…!」
夕刻の冷酷な謙信の姿が思い出され…
「…謙信様…っ?!」
美蘭は縋るような思いでガバ!と飛び起きた。
「…心外だな?愛しい女の褥で他の男の名前を呼ばれるとは。」
息がかかるほど近くにいたのは、
残念ながら、
愛しい男ではなかった。
「…っ。信玄様…。」
美蘭は、掛布を引き寄せ胸元を隠すようにしながら、信玄を睨みつけた。
「怒った顔もそんなに美しいなんて…美蘭、君は罪な女だな?他にどんな表情があるのか…もっと暴いてみたくなる。」
信玄はゴツゴツした男らしい指先で、美蘭の目元を拭った。
「…泣いたのか?目元が腫れているぞ?」
「…っ!」
美蘭は、
その信玄の手を、パシ!と軽く叩くように弾き飛ばした。
「…こんな時間に…いったい何なんですか?!」
「怒り顏の天女も嫌いじゃないが…今日も月見をしようと約束していたろう?まさか…他の男のことでも考えて、俺との約束を忘れたんじゃないだろうな?」
溢れるように浴びせられる口説き文句が軽薄に聞こえないのが信玄の才能であるが、この一言には、僅かではあるが悪意を感じた。
約束を忘れて眠りこけていた自分への静かな怒り。
「…っ…。そう…でしたね。疲れて寝てしまっていました。約束していたのに…ごめんなさい。」
美蘭は、素直に詫びた。
「そんなに眠りたいなら、このまま眠るといい。この俺が朝まで添い寝してやろう。」
「…っ!…結構…です!」
美蘭は急ぎ起き上がり、
鏡の前でサッと髪の乱れを直すと閨から出て行き、
縁側に面した入り口の襖を全て開けはなった。
「………綺麗…。」
空には、
美しい満月が浮かんでいた。