第4章 恋知りの謳【謙信】
時間を潰すにも限界がある。
重い足取りで夕刻の春日山に帰城した謙信は
急ぎ自室に戻ろうと、中庭に面した渡り廊下に差し掛かった。
(美蘭に初めて会ったのは、この場所であったな…。)
もはや、何処にいても、何をしていても、美蘭は、謙信の心に存在していることを思い知る。
(全く腑抜けたものだ…。)
そんな自分を苦笑する。
だがしかし…
この戦乱の世、女に選択肢などないに等しい。
ましてや人質であれば…尚更である。
美蘭を自分のものにしてしまいたいが、
平安な行く末が想像しがたい。
1度手を取ってしまったら…
後々離別しなければならなくなった場合、今よりもずっと傷つき傷つけることになるだろう。
それならば
(……初めから近づかぬ方が良い。)
抱いておきながら何を言っているのか?
そう思うが、あの夜は自分を止められなかった。
だがここから先は…
「…謙信様!」
辛い決断であるが硬く決心しようとしたその時、
鈴が鳴るような愛らしい声が聞こえた。
振り返れば、
「やっとお会いできましたね。」
花のように微笑む美蘭。
その笑顔を見ただけで謙信は甘く痺れるような感覚に包まれた。
「お忙しそうですね。…お身体…」
初めて抱いてから放ったらかしにしていたというのに自分を気遣うような言葉をかけようとする美蘭に、後ろめたさから息が詰まりそうになる謙信。
「…すまぬが急いでいる。」
これ以上深入りするまい…という決心を込めて拒絶しようとしているのに、すまぬ…などと言い訳めいた言葉を使う自分にあきれた。
「…あ!わたしったら…久しぶりにお会いできて嬉しくて…すみません。」
「…っ…。」
何も知らない美蘭は、
可愛らしいはにかんだ笑顔で、謙信の決心をぐらぐらと揺さぶる。
流されぬように奥歯を噛み締め
また振り返り美蘭に背中を向けて歩き出そうとすると…
「また…連れていってもらえませんか?」
また愛らしい声に引き止められる。
「……。」
「…うさぎ達に会いに。」
不安な美蘭は、
せめて次に会う約束だけでも欲しかった。
謙信もそれに応えたいが
もう応えないと決めたのだ。