第4章 恋知りの謳【謙信】
「謙信様、昼間から飲み過ぎじゃないですか?」
佐助が、
昼から人知れぬ草原で梅干しを共に酒を煽る謙信に言った。
「…酒を飲むに昼も夜もあるまい。」
切れ長の目で佐助を睨むように見ながら、また酒を煽る謙信。
「言い方が間違いましたね。時間はともかく、憂さ晴らしのような飲み方は、良くありませんよ。」
「…!」
ブンッと振り下ろされた鶴姫一文字を、
キイィィーーーーン…ッ…!
今日も自分の短刀でかわして、
(こうなると思った。)
佐助はため息をついた。
「そろそろ、外にいらしては身体が冷えます。」
ギリギリと短刀を押し合いながら、
淡々と説得する佐助。
「…ふん…。」
暫くすると、ようやく刀に込められた力が緩んだ。
「酒が不味くなった。帰るぞ。」
言いながら刀を荒々しく払い、
流れるように鶴姫を脇差に収めた謙信。
ここ数日、
謙信は城にいるのを嫌がっているかの如く外出を続けている。
佐助は、
そんな謙信に黙って付き添っていた。
(最近仲睦まじかった美蘭さんと何かあったのかな?)
佐助の予想は、当たっていた。
「わたしは織田の人質です。」
その美蘭の一言で
夢に浮かされた状態から現実に引き戻された謙信。
片時も離れたくない
側に置いておきたい
またあの白い肌を抱いて眠りたい。
あの夜以降、
伊勢姫の夢は見なくなったことからも
謙信は、自分の中で美蘭がどんな存在であるのか
…大切な存在となっていることを思い知った。
だが
そんな自分の感情や欲望だけに従って良い相手ではない。
信玄の人質である以上、信玄が今後どう扱うかもわからない。
織田に返されるかも知れない。
自分の、美蘭の、
2人の意思に反する運命(さだめ)が動き出してしまったら…。
また、伊勢姫の悲劇のようにならないだろうか?
美蘭が、苦しみ悲しむような未来がやって来ないか?
そんな不安を抱えなければならない関係でありながらこの関係を深めて良いのか?
美蘭を思うが故に、慎重に考えねばならないと思った。
美蘭に会ったら抱き締めたくなってしまうから、
会わないようにしながら考えていたのであった。