第4章 恋知りの謳【謙信】
それから暫くの間、
謙信は、
美蘭の胸元に耳を寄せて心の臓の音に聞き入っていた。
美蘭は、体調が悪く抱き上げられた時以上の密着に身体中が熱くなり、心の臓は早鐘を鳴らした。
どうして良いかわからないとまどいを感じながら、謙信と体温を分け合う今の状況に幸せも感じた。
とりあえず、
謙信が落ち着いたようで、それには安堵したのだが…。
美蘭はあまりの緊張に、
一瞬なのか?
永遠なのか?
時間の経過すらわからなくなり 頭がクラクラしてきた。
「もう…落ち着かれましたか?」
酸欠になりそうな胸に、静かな大きな呼吸で空気を流し入れながら、美蘭は聞いた。
「…ああ。いつもすまぬな。」
謙信は、胸に耳をあてたまま、答える。
「それなら…もう部屋に戻ります…ね?」
謙信の返事に胸をなでおろしたものの、
もうこの距離が耐えられなくて、
美蘭は起き上がろうとした。
「…ならぬ。」
だが謙信の力に阻まれ、上半身を起こすのがやっと。
「…え…?」
その半端な姿勢の美蘭を跨ぎ四つん這いになっていた謙信と、ちょうど顔が向きあった。
「おまえが側にいると落ち着くのだ。このままここで眠れ。」
美蘭を見つめる左右色違いの瞳は熱を帯びていた。
「…っ!…そんなの…っ??!」
『無理です』
その言葉は、
謙信の口付けに飲み込まれた。
「…チュ…っんふ…っ…」
織田軍の人質として、美蘭がやって来てから、伊勢姫が死ぬ夢を見るようになった。
どんなに楽しいひと時から始まったとしても、最後には必ず伊勢姫が自害してしまったと知らせを受け、自分が絶望している場面で終わる夢。
しかし美蘭が寝汗を拭ってくれたあの夜。
あの日は何かに救われたような、不思議と安らかな目覚めだった。
それからうなされる度に、
美蘭の温かい体温が、苦しみを和らげてくれた。
ついには、伊勢姫自害の知らせを受けた場面も冷静に受け止められるようになっていた。
だが倒れ込む美蘭を見た瞬間、青い顔の美蘭を腕の中に抱いた瞬間
この女を失うのではないか?と恐怖し、
その恐怖はまた夢に現れた。