第4章 恋知りの謳【謙信】
耳を澄ましてみるが
「………。」
何も聞こえない。
(今夜は大丈夫みたい。)
初めて謙信のうなされている声を聞いた夜のうなされ方から比べれば、最近では、うなされたとしても、さほど苦しそうではなくなって来ていた。
だからきっと大丈夫だろうと思いつつも…
自分を抱き上げてくれたあの時の、辛そうな表情が頭から離れず心配だったのだが。
(眠れているなら…良かった。)
美蘭は、部屋へ戻ろうと踵を返した。
その瞬間
「……っ………!」
美蘭の耳に、声にぬらぬような息遣いのような音が聞こえて来た。
(…謙信様…?!)
急ぎ振り返り、
襖を静かに…だが素早く開けると、
(失礼します。)
ほとんど誰にも聞こえないくらいの声で小さく断りを入れ、謙信の部屋へ足を踏み入れた。
奥にある閨から、呻き声は聞こえる。
近づいてみれば
初めて見た夜と同じくらい激しくうなされている謙信。
「…!謙信様…っ。」
そのあまりに苦しそうな様子に心配になった美蘭は、忍んで来たのも忘れ、声を上げながら褥の脇に跪いた。
「…っ…。…そ…だ…っ…。」
汗ばむほどにうなされ、
何かを必死に話そうとしながら、僅かではあるが、イヤイヤをするように首を左右に振っている。
何か恐ろしい夢でも見ているのだろうか?
自分を抱き上げてくれた時に見せた、あの辛そうな顔だった。
「謙信様…っ」
目覚めたら、その辛さから逃してあげられるのだろうか?
そう思った美蘭は謙信の肩を揺すってみるが、
謙信の眠りは覚めない。
だが諦めずに声をかけようとした
その時
謙信の口が紡いだ言葉。
「…嘘だ…っ。……伊勢…姫…ッ。」
その言葉に、
美蘭の胸は、ドクリと音を立てた。
…伊勢姫?
…お姫様?
…間違いない。それは、女の人の名前。
謙信様をこんなふうに苦しめている女の人…。
いったいどんな人なの?
なんなのこの気持ち。
なんでこんなに
こんなに胸が苦しいの?