第4章 恋知りの謳【謙信】
「……ん。」
医者に飲まされた薬が効いたらしく、暫く眠っていたらしい美蘭。
目が醒めると
ほんの少し、身体が楽になっていた。
思い起こされるのは
抱き上げられた時の、謙信の温もり。
「……っ。」
思い出しただけだというのに
胸は早鐘を鳴らした。
具合が悪い余雄のない中でも、腕の中から見上げた耽美な顔に見惚れてしまった。
(……でも…。)
普段の
何事にも動じない冷静な表情でもなく、
草原で
うさぎたちに見せる柔らかい表情でもなく、
(とても辛そうな顔だった…。)
謙信のあんなに辛そうな表情を見たのは初めてであった。
(まさか…わたしの体重が重くて…辛かったとか…?!)
心配なあまり見当違いな答えに辿り着いた美蘭は、褥の中で、青ざめた。
いろいろなことを考え始めたら眠れなくなってしまった美蘭は、夜風に当たりたくて、褥を抜け出し部屋を出た。
廊下を歩けば
ひんやりとした夜風が、美蘭の頬を撫でた。
冷たい風にあたっているというのに
心臓は早鐘を鳴らして体温が上がっていく。
美蘭の足は、
謙信の部屋へと向かっていた。
(こんな時間に謙信様の部屋に行ってどうするの?)
自分で自分に問いながら、
長い廊下を歩いていく。
(また…謙信様がうなされていないか…。それだけ確かめてこよう。)
薬で眠る前の朧げな記憶に残る、謙信の辛そうな表情をまた思い出して、何故か自分の胸がズキリと痛んだ美蘭。
(……どうしてこんなに…。)
何故
こんなにも謙信のことが気にかかるのか。
近頃の美蘭は、
謙信を思うだけで
もやもやとした熱い感情に溢れてしまう。
だが美蘭は、
織田軍の人質として敵地であるこの春日山に囚われている自分の立場を考えると、
それ以上の答えを導き出してはいけないような気がして…
わざと、その先を考えることを避けた。
謙信の部屋の前に到着した。
ただそれだけなのに、
呼吸ができなくなるような息苦しさにみまわれた。