第4章 恋知りの謳【謙信】
謙信と信玄は、無言で睨み合った。
お互い、
腹にはお互いにぶつけたい想いが沸騰しているのだが、
何故か口にすることは憚られ、
鋭い視線だけを交わしあった。
だがその睨み合いは、
「…美蘭さん?!」
「美蘭!」
佐助と幸村の声に邪魔をされ、すぐに終息した。
視線を声のした方に向ければ、
しゃがみ込んでいる美蘭に駆け寄っている佐助と幸村の姿。
「…美蘭!」
上座の、より出口に近い席に座していた信玄が、謙信よりも早く立ち上がり、美蘭のもとへ駆け寄った。
そして、それを察した佐助と幸村が、信玄のために場所を空けた。
刹那。
ジャキィィィーーーーーンッ……!!!
謙信が、美蘭に歩み寄りしゃがみ込んでいる信玄の背中目掛けて大きく振り下ろした鶴姫一文字の刃を、
目にも留まらぬ速さで駆け寄った佐助が、自分の短刀で受けて抑えた。
「ちょ…っ!何考えてんだよ!」
その脈絡のない信じがたい光景に、取り乱した幸村を他所に、
「謙信様、刀を収めてください。」
感情に任せて刀を振るう主を都度おさめている佐助は、冷静だった。
ギリギリと力が込められる刃を押し返しながら、佐助は続けた。
「美蘭さんが刃で怪我でもしたら大変です。」
「…!」
美蘭を配慮した言葉に反応した謙信は、
納得したように、刃に込めていた力を抜き去った。
張り詰めていた空気が、どっと緩んだ。
「いったい何がどうなってんだよ…」
幸村のボヤキは誰にも相手にされず、
謙信は、優雅な動きで鶴姫一文字を鞘に収め、素早く美蘭の元へ移動した。
「いったいどうした?」
謙信は心配そうに美蘭にそう聞くと
「皆さんすみません、、、。少し目眩がしただけですから。」
美蘭は、頭を抑えながらそう答えた。
「…。…どけ。」
謙信は、隣の信玄に、あえてそう声をかけ、
「俺が部屋まで連れて行く。」
「………。」
美蘭を抱き上げた。
「きゃ…!謙信様…っ。」
戸惑う美蘭に構わず
「佐助、すぐに医者を呼べ!」
そう命じるとそのまま広間から出て行った。
信玄は、その様子を見送ることしか出来なかった。