第4章 恋知りの謳【謙信】
美蘭の震えが、
顎にかけた手から信玄に伝わってきた。
体温を感じるほど近づいたのに、
むしろ心の距離は遠のいたような空気に、息がつまりそうになる。
(人攫いが、何を望んでいたのだ…。)
いいようのない切なさを感じながら、
自分が一瞬でも望んだ都合のいい展開に苦笑し、
近づき過ぎた身体を離した。
「口付けをまだ許してくれないのは残念だが…。これで暫く、君の甘い香りに包まれながら過ごせそうだ。」
「……っ。」
「夕餉の時間だ。広間へおいで。」
「……はい。わかりました。」
程なくして、広間に集まり夕餉が始まった。
それぞれが晩酌をしながら、談笑しながら、のんびりと。
暫くして
「美蘭さん、食欲ないの?どうかした?」
佐助が、箸の進まない美蘭に気がついた。
「うん…。なんだかもう、お腹いっぱい。」
「ほとんど食べてないのに…体調悪い?」
「……ん。そうかも。少し。」
そう答える美蘭は、体調が思わしくなさそうだ。
「…無理せず休めよ。」
謙信は、心配そうな顔で美蘭の様子を伺いながら言った。
「「「 ………! 」」」
誰かを…女を、明らさまに気遣う謙信に、誰もが目を丸くした。
「ありがとうございます。申し訳ありませんが…今夜は先に休ませていただきますね。」
「それが良い。」
「ゆっくり休んで。美蘭さん。」
佐助と幸村と膳を並べていた美蘭は、立ち上がり、上座の謙信と信玄に頭を下げ挨拶すると、広間の出口に向かって歩き出した。
その様子を見ていた信玄は、夕刻、自分を拒んで震えていた美蘭の様子を思い出し
美蘭の体調不良に、自分が影響しているような気がしてしまい、気が重くなった。
「佐助、後で医者を美蘭の部屋へ。」
「…はっ。」
謙信の命令に、佐助が答えると、
信玄が、呆れたように笑いながら
「俺の天女に随分と手厚いことだな。謙信。」
何かを含んだように、そう言った。
すると謙信は、冷たく鋭い視線を信玄に向けて言った。
「…俺の天女?…そうは見えんがな。」
「…!!!」
美蘭との心の距離を言い当てられ、信玄は身体をかたくした。