第4章 恋知りの謳【謙信】
戦さ場へ行くこともなく、しばらく穏やかな日々を過ごしていた、ある日。
庭に出てお花に水をあげていると、
謙信様が屋敷の入り口へ向かって歩みを進めていくのを見つけた。
「謙信様、こんにちは。お出かけですか?」
「…。」
美蘭が声をかけると、
謙信は、左右で色が異なる美しい瞳で、美蘭を、じっと見つめてきた。
「…謙信…さま?」
「お前、動物は好きか?」
「動物…?はい。好きです…。」
突拍子ない問いかけに、かろうじて答えたら
「ならば…ついて来い。」
謙信はそう言って、踵を返した。
「…?…はい。」
わたしは、言われるがまま、謙信様の後について行った。
山道を暫く歩いていくと、
視界が開け、斜面になっている草原の頂上にたどり着いた。
周囲は満開の桜の木々に囲まれ、
ゆるやかに下っている草原には、白いシロツメクサの花や青いオオイヌノフグリの小花が咲き乱れて春の様相を呈していた。
「わあッ!お花がいっぱい♡」
素敵な光景に胸を躍らせていると
「これを持て。」
謙信様から小さな紙包みを手渡された。
「…これはなんですか?」
「じきにわかる。」
草原を降りていく謙信様の後を追い、斜面を下って行く。
「…やっと気づいたか。」
斜面の中ほどでそう言った謙信様の視線をたどれば
「…?…何が……っあれ?!」
斜面を下りきった先の膝くらいの高さの草むらの中から、白いかたまりが幾つもピョコピョコと独特な動きで現れた。
それは
「うさぎ!!!!!」
うさぎだった。
動物が大好きな美蘭は、無我夢中で斜面を駆け出した。
(可愛いッ♡)
何羽も現れたうさぎ。
あれだけいるなら、野生のうさぎでも触らせてくれるのではないか。
そんな思いで、先を急ぐ。
謙信を置いてあっと言う間に斜面を下っていく美蘭。
「こら…危ないぞ。」
謙信が声をかけたが、
時すでに遅かった。
「…っ?!…きゃ…っ…!!!」
美蘭は、足を滑らせた。