第4章 恋知りの謳【謙信】
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『…謙信様…。』
真っ白な、
何もない空間に迷い込んだ謙信。
懐かしい声が自分を呼んでいるのだが、
どこにも姿は見えない。
『謙信様…。』
声の主を探し、
周囲を見渡すと
遥か遠くに佇む女の後ろ姿が見えた。
その女の羽織っている水色の打掛には見覚えがあった。
「……伊勢姫…?」
それは
もうこの世にはいないはずの、かつての恋人。
「伊勢姫…!!!」
謙信が伊勢姫に向かい駆け出すと…
「……??!」
真っ白な世界は
突然
真っ黒な暗黒の世界に変わった。
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泣き叫ぶ声が聞こえる。
また姿が見えないのだが
真っ暗な中に、
男の叫び声が響き渡る。
『…伊勢姫様が寺で自害なされました。』
それを聞いた謙信は、
「……そ…だ…。」
震え
「嘘だ…!!!」
叫んだ。
「………っ……!!!」
目が覚めた。
(夢だったのか…。)
忌まわしいあの記憶を、
あの感情を、
思い出させられた。
「…っ…?!」
ようやく現実に意識が戻ったその時、
誰も立ち入ることがない己の閨に、人の気配を感じた謙信。
「何者だ?!」
枕元の鶴姫一文字に手を伸ばしながら、ガバ!と起き上がった。
「…きゃっ…。」
「…?!」
謙信の褥のすぐ隣に座していたのは…
「…美蘭?」
信玄の人質だった。
「…ここで何をしている。」
謙信は、無表情に、
だが威圧感を放ちながら聞いた。
「あの…廊下を通ったら、こちらからうなされたような声が聞こえたんです。心配で覗かせていただいたら…謙信様が…すごい汗をかきながらうなされていて…。」
少し怯えた様子で話す美蘭の膝の上には、
先ほど飛び起きた勢いで謙信が弾き飛ばしたのであろう、汗を拭いてくれていたらしい手拭いが転がっていた。
「…余計なことを。」
「勝手に入ってしまって…すみませんでした。」
そう言うと美蘭は、
手拭いを拾い上げ、部屋を出て行った。