第4章 恋知りの謳【謙信】
その女は
人質と言いながらも部屋を与えられ、自由に生活していた。
いつの間にやら佐助や幸村とも打ち解け、
女中たちにも馴染んだようだった。
だが、
その表情には、常にどこか憂いを含んでいた。
「信玄様、具合でも悪いんですか?今夜は甘味が進みませんね?」
夕餉の席で、佐助が信玄の膳を見つめながら言った。
「あ?…ああ確かに。食いすぎには変わんねェけど、いつもほどじゃネェな。」
首を伸ばして信玄の膳を確認した幸村が、言った。
「…恋患いかも知れないな。」
頬杖をつき反対側の手で手酌しながら、信玄が呟く。
「はあ?恋患い?」
「ああ。天女がな。なかなか笑顔を見せてくれないんだ。」
「天女…ということは美蘭さんですか?」
「攫ってきたくせに何言ってんだ。そんな相手に笑顔なんか見せねェのが普通だろうが!」
謙信は、そんな会話を聞き流しながら、静かに、梅干しとともに酒を楽しんでいた。
しばらくして
「彼女を心から笑わせることができたら、口づけを貰う約束を交わしたんだ。」
信玄がポツリと呟いた。
「ぶーーー!!!なんだよその約束!攫ってきといて!」
幸村は酒を吹き出した。
「それを言われると困るな。」
言葉とは裏腹に、信玄は余裕の笑みを浮かべている。
「困ってんのは美蘭だろうが!」
女を攫ってきて戦の駒にする…そんな方法を嫌っている幸村は、主にも遠慮なく噛み付いた。
(美蘭さん…大変なことになってたんだな…。)
佐助は内心、ため息をついた。
「フン…馬鹿馬鹿しい。付き合っておれん。先に休むぞ。」
謙信はそう言うと
傍に置いていた鶴姫一文字を手に取ると腰に携えて、
広間から出て行った。