第4章 恋知りの謳【謙信】
桜咲き乱れる 春の頃
その女は
信玄に連れられてこの春日山にやって来た。
初めて会ったのは、渡り廊下。
「これはちょうど良かった。謙信、今からお前にこの麗しい天女を紹介しに行くところだった。」
そのか細い女は、
いつも信玄を取り巻く女共とは異なる、凛とした空気を纏っていた。
媚び諂う様子を一切見せない気高さを持ちながら、どこぞの姫…という訳でも無さそうな平凡さを併せ持つその女が、少し気にかかったが
「…お前の女の紹介など、いらぬ。」
信玄の女好きに関わる気など微塵もない。
通り過ぎようと足を踏み出したその時
「それが紹介しない訳にはいかないんだ。この天女は…」
俺は耳を疑った。
「美蘭は、織田軍の人質だからな。」
「…!!!」
風が、吹き抜けた。
ザアァッ…と桜の木々が風になびく音が鳴り響き。
胸元まである女の栗色の美しい髪が、女の顔にかかる。
枝から掠め取られた桜の花びらがまるで雪のように舞い散るその様子は泡沫(ウタカタ)の夢のようで…
まっすぐな曇りない澄んだ瞳に吸い込まれそうで…
何故か
胸がザワザワと騒めいた。