第22章 第21章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜車輪〜 ③
……早朝。
暁の空の下、一頭の白馬が全速力で駆けていた。
「秀吉め…!」
目指すは、織田の離れ。
秀吉と2人で行方不明だと聞いた時の
衝撃
不安
それは、秀吉が美蘭と2人きりでいて平静を保てる訳が無いであろうという、
美蘭に惚れている者同士だからこそわかる、溢れて止めることができなくなる恋情が、自分のあずかり知らぬ場所で美蘭に向けられることへの焦燥。
そして
それを美蘭が受け入れてしまうのでは無いかという、不安。
(あの様子では美蘭は気付いていない。)
秀吉が
溢れさせた恋情に。
美蘭を信じていない訳ではない。
だが、
美蘭を大切に思う周囲の男たちの感情が軽々しい感情ではないことを心得ているが故に、湧き上がる不安は止めることが出来ない。
考え巡らせているうちに
織田の離れに到着した。
立派な門戸の前で手綱を引いて急に馬を止めると、馬は立ち上がるように前脚を上げながら大きな声で嘶いた(いなないた)。
「頼もう!」
夜がまだ明けきらない、
夜の暗闇を昇る朝日が空に押し上げるように、水平線から空に向かってじんわりと光が滲み出し始めた、まだ肌寒い早朝の屋敷に
謙信の凜とした殺気の篭った声が響き渡った。
門戸の向こう側に人の気配を感じ取ると
謙信は馬を飛び降りた。
まだ眠そうな顔で重厚な門戸を押し明けた寝着姿の三成が、
目の前に立っていた謙信の神妙な面持ちに、ハッとした顔をした。
「…上杉殿…!何かあったのですか?!」
「ああ。一大事だ。」
そう言った謙信は、もう三成を見ていなかった。
「上杉殿!」
制止する三成に構わず離れの中にズカズカと歩み進んでいく謙信。
「お待ちください!いったい…」
三成が謙信を追いかけ離れの中に戻ろうとすると
「いったい何の騒ぎだ…」
寝着のままの秀吉が離れから出て来た。
「…っ!…上杉…謙信…っ…ッ!!」
秀吉が、
そう言ったが早いか否か。
ビュン…ッ…!!!!!
脇から抜かれた鶴姫が、
目にも止まらぬ速さで真横に振りかざされた。