第22章 第21章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜車輪〜 ③
人当たりが良くて可愛らしい織田軍の武将たちお気に入りのお姫様。
さらに軍神に愛され一目置かれながらも、偉ぶらず、遠慮がち。
そうかと思えば
分け隔てない優しさを貫くためには身を投げ打つような行動力をみせる。
「………。」
認めたくないと思いながらも、
美蘭が誰からも愛される理由を肌で感じた椿であったが
複雑な思いが渦巻き、素直には認めたくなかった。
椿が押し寄せる感情を受け流すので精一杯になっている間に、謙信は自分の馬に跨り、佐助の手を借りて美蘭を横抱きにした。
全員が、その宝物を扱うような様子を見ていた。
謙信と美蘭を乗せた馬が、方向転換した
その時
「…自分がついていながら……面目無い…」
秀吉がその背中に、絞り出すように声をかけた。
「……。」
謙信は顔だけ振り返り、色違いの瞳で秀吉を見降ろした。
固唾を飲んだ秀吉に向かい
淡々と言った。
「蛇の毒のまわりは早い。今この場にいなければ間に合っていたかどうか。………むしろ礼を言う。」
「……!」
責められる覚悟だった秀吉は、
調子が狂ったと同時に胸を撫で下ろした。
「家康。」
謙信は、続いて家康に声をかけた。
「…あんたに呼び捨てられる筋合いは無いけど。…何?」
言葉とは裏腹に、家康が観念したように答えると
「おまえにも礼を言う。」
謙信は、礼を述べた。
「…! 別に…あんたの為じゃないから。」
家康は面倒くさそうに答えたが
「だが、この我が命より大切な美蘭の命を繋いでくれた。感謝する。」
そう言った謙信の瞳には一点の曇りもなく
「……。」
それを見た家康は、
ため息をつきながら、頷いた。
世にはびこる上杉謙信は義に厚いという噂は本当であったと、その場にいる武将たちは、痛感させられた。
織田の離れを捜索拠点としていたが、この場所からは上杉の離れの方が近いため、美蘭の容体も気遣い、謙信はそのまま上杉の離れに美蘭を連れ帰った。
秀吉と椿は、それぞれ、見せつけられた謙信と美蘭の絆に胸を痛めながら帰途についたのであった。