第22章 第21章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜車輪〜 ③
何かが、美蘭の袖の下で動き出した。
「…?!」
モゾモゾと波打つ袖に誰もが視線を奪われ
息を飲むと
袖の前に開いていた穴から、
しゅぽん!と、兎が顔を出した。
その兎の瞳は左右色違い。
「…お…まえ…は…っ…?!」
驚いた椿の声を聞いた兎は、
「…っ!!!」
椿の存在に気が付いて美蘭のそでから飛び出し、久しぶりに会えた嬉しさ丸出しで猪突猛進、椿に駆け寄ってきた。
どんっ!
毛玉は、謙信の隣でしゃがみ込んでいた椿の膝の上に飛び込んだ。
「…っ。どうなっている…??!」
「そういえばそいつを忘れていた。そいつが全ての原因なんだ。」
背後から聞こえた秀吉の言葉に、椿は振り返った。
秀吉は、自分に向けられた答えを求める瞳に事情を話した。
「その兎が織田の離れの近くまで来たはいいが、帰れなくなっていたらしい。美蘭は連れ帰ろうとしてたんだが…俺に驚いた兎が駆け出して崖から落ちそうになって…」
「…!まさか…それを助けようとしたと?!」
「…ああ。美蘭は兎を、俺は美蘭を、助けようとしたが、誤って崖から落ちたんだ。」
(わたしの兎のために、こんな状態になったというのか?!)
椿は、全身に鳥肌が立った。
自分も、誰かが大切にしている動物に予期せず出会ったりすれば、気にはかけるであろう。
だが、
咄嗟に身を呈して救おうと思えるだろうか?
ましてや、
自分の許婚にまとわりつく昔馴染みの娘が大切にしている兎。
恋人でも何でもない自分でさえ、謙信の恋人である美蘭に対してこんな気持であるのだ。美蘭とて、自分には複雑な感情を持っているに決まっている。
(この美蘭という女はいったい…)
「あいかわらず馬鹿のつくお人好し。」
的を得ていると思うが、あまりに直接的な言い回しにその場にいる誰もが一瞬凍り付いたような気がしたが
家康は、気にせず続けた。
「こんなことじゃないかって…ついて来て正解だった。」
「…!」
言葉は辛辣だが、
家康も、美蘭を心配しているのだと
椿にもわかった。