第21章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜車輪〜 ②
「美蘭!」
草原では、秀吉の腕の中で意識を手放すように眠りに落ちていた美蘭が意識を取り戻した。
「…?!嫌…っ!…怖い…いやあっ!」
すると美蘭は何かに怯えたように、暴れ出した。
(……これは…幻でも見えてるのか?)
暴れる美蘭が腕の中から滑り落ちないように、秀吉は、力強く細い肩を抱き締めながら、
蛇の毒により、混濁した意識の中で幻をみることもあるというのを思い出し、今まさに、その状態であるのだろうと判断した。
「大丈夫だ。」
抱き締める腕を緩めず、反対側の手で、髪の毛を、頬を、繰り返し優しく撫でた。
だが、美蘭の興奮はおさまらない。
とにかくその恐怖から解放してやりたくて
「何も怖くない…。俺がついてる。」
秀吉は、
両手でぎゅっと美蘭を抱き締め、
思わず
こめかみに口付けた。
すると
「…!」
何かに気づいたように、美蘭の身体が脱力した。
「……謙信…様…?」
美蘭は、まだ、錯乱しているようだった。
視界もはっきりとしていないようで、視線も定まらない。
自ら伸ばして来た細い指先を何度か空振りした後、
その華奢な手のひらが秀吉の頬に触れた。
「……っ。」
触れてしまったら、想いがとめどなく溢れてしまいそうで。
自制できなくなる自分を恐れ、抱き締めたい感情を封じ込めてきた秀吉であったが、
足の怪我に、毒蛇…不測の事態によって、触れざるを得なくなった。
それでも必死に自制してきていたというのに…
美蘭から…愛しい女から触れられてしまったら…
自分の顔をなぞるように這う美蘭の指先にグラグラと掻き乱される様々な欲や感情を、
秀吉は今、ギリギリのところで食い止めていた。
「…会いたかっ…た…っ。」
それは、謙信に向けられた言葉。
そうだとわかっているというのに、
秀吉の胸はギュウッと甘く締め付けられた。
……会いたかったのだから。
時を遅くして、愛していると気づいてしまった女に、
恋い焦がれ
心は常に、美蘭を求めていたのだから。