第21章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜車輪〜 ②
「で?俺の宝は美蘭だ…とか?」
聞いていた家康が、
うんざりとした表情で言った。
「織田軍にとっても美蘭様は宝でございます。」
家康のうんざりした顔は見えていないのか、三成は笑顔で言った。
「…そうなの?」
謙信に嫌味を言ったつもりであった自分の意図を、全く感じ取っていない三成にもうんざりして、家康はため息をつき天を仰いだ。
しかし
「信長様が、搜索の本陣を織田の離れに…と命じられたのです。よほど大切に思われていらっしゃる証ではないですか?」
「……まあ…あの人は、ね。」
気がつけば、
三成の言葉に同意していた家康。
「…っ!…俺は…どうでもいいけど。怪我してたりすると面倒看させられるから…五体満足でいてもらわなきゃ面倒なだけ…。」
「家康様のおっしゃる通り、何事もなくご無事でいていただきたいです!」
「……もういい。」
家康と三成の、噛み合わぬ会話が途切れると
謙信が、言った。
「美蘭は宝ではない。」
安土から美蘭を掻っ攫って行った男の、美蘭を軽んじたようにも聞こえたその一言が気に障った家康が
「…!…じゃあ美蘭は、いったいあんたの何なわけ?」
苛つきを隠さず言い返すと
「俺の命…そのものだ。」
「「「 !!! 」」」
謙信の口から発せられたのは
これ以上ない
美蘭への愛を示す言葉であった。
椿は、
何故かわからないが、泣きたい気分になった。
だが、いまにも泣きだしそうな感情を必死に抑えて
虚勢を張り、面白くもないのに、鼻で笑いながら、言った。
「…フン。武士とも…越後の龍ともあろう男が。まるで…あの女がいなければ、生きて行けぬような言いぶりだな?」
すると謙信は、
ほんの一瞬、色違いの瞳に優しい色を浮かべて、
言った。
「ああ。美蘭が死んだら、俺も死ぬ。」
「何を…っ…馬鹿…な…!」
「命尽きれば、死ぬ。至極当然のことであろう。」
そのあまりに穏やかな謙信の様子からは、
覚悟を超越した
雄大な自然と向き合うような空気が醸し出されていた。
その場にいた誰もが、
謙信の美蘭への想いの深さを思い知らされた瞬間であった。