第21章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜車輪〜 ②
急激に毒が回り始めた身体では、背負われていても相当に答えたのであろう、
安定した場所で抱き締められ、体温も上昇したため、眠気にみまわれたようで、美蘭は、秀吉の腕の中で、気を失うように眠ってしまった。
(暫くここから動けないか…。)
欲しかった温もりを腕の中に感じているというのに、
その存在を遠くに感じる虚無感に包まれながら
存在を確かめるように抱き締め、
秀吉はただただ、愛する女の無事を祈っていた。
「…!…狼煙だ!」
藪の中を進んでいた部隊は、秀吉が上げた狼煙に気がついた。
「かなり近いですね。」
佐助が言うと
謙信は無言で馬の速度を上げ、狼煙めがけて先を急ごうとした。
「上杉殿!お気をつけくださいませ!」
すると、吹田の家臣たちが、顔を青くして道を塞いだ。
「この俺を邪魔をする者は斬り刻むぞ!」
謙信はイラつきを隠さず、
久々に鶴姫を鞘から抜き出し、その刃を光らせた。
青ざめる家臣を他所に
「…落ち着け、謙信。ここから先は、猛毒を持つ白蛇の生息地だ。細心の注意を払って進まねば、この部隊が崩壊するぞ。」
椿は淡々と、謙信を制した。
「毒蛇…とは、穏やかではないですね。」
「嫌な予感しかしないんだけど…。」
三成と家康の雑談を聴きながら
「とにかく、この地に詳しい吹田軍の皆さんに従いましょう。それが一番の近道のようです。」
そう言って佐助が改めて謙信諭すと、
謙信は、腹筋が波打つほどに大きくため息をつきながら、流れるような所作で鶴姫を鞘に挿しなおした。
「謙信…」
その様子を見ていた椿が、
ポツリと言った。
「いなくなったのが…わたしだったとしても…こうして探しに来てくれたか?」
「「「 …! 」」」
椿の何処か切羽詰まった様子に、
その場にいた全員が息を呑む。
藪を進む蹄の音しか聞こえなくなった
暫くの後
謙信は言った。
「当然であろう。」
「…!」
その答えに、
椿の顔は華やいだ。
だがそれは、
ほんの一瞬のこと。
「おまえは吹田殿の宝。この俺の弟子なのだ。」
「…っ…。」
続いた謙信の言葉に、
椿は
深く落胆させられたのであった。