第21章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜車輪〜 ②
急に抱き締められて少し戸惑った様子だった美蘭も、
「寒いんだろ?…こうすれば…温まるだろ。」
美蘭を配慮する秀吉の言葉に肩の力を抜き、身を委ねた。
秀吉は、どっかりと草原に腰を下ろし
美蘭が疲れぬよう、羽織ごと腕の中で横抱きにした。
カタカタと小刻みに震えている身体を、あたためてやりたくて、また優しくぎゅっと抱き締めると
美蘭が、消え入るような声で話し出した。
「……秀吉さん……」
「んー?なんだ?まだ寒いか?」
秀吉は、わざと明るく返事をしたが
「わたし…このまま…死んじゃう…のかな?」
「…なっ?!」
痛いくせに、苦しいくせに、不安なくせに、
絞り出した笑顔で美蘭が口にした最悪の行末を占う言葉に
秀吉は、全身の血が失われるような感情に飲み込まれた。
なぜならここは戦国の世。
医療の進んだ500年後の世ではない。
ワクチンなど存在しないこの世では、小さな怪我も死因に成り得るのだから、美蘭が口にした言葉は、単なる絵空事ではなく、あり得る未来なのである。
「……秀吉さんじゃなくて良かった。」
「…!…っ…」
瀕死の状態でも懸命に笑顔を見せようとする愛しい女の自分を思う言葉に、秀吉は胸が締め付けられた。
秀吉とて、
変わってやりたい気持ちでいっぱいだった。
だが、
信長に捧げると誓った己の命が助かったことに安堵もしていた。
そんな2つの感情を併せ持つ自分が、
ただ純粋な気持ちで自分のために危険に身を投げ出した愛しい女の前で、後ろめたかった。
秀吉が、心を揺らしていると
苦しいのだろう眉間にシワを寄せ、美蘭は軽く目を閉じた。
そして
「……でも…最後に…謙信様に会いたかった…な…っ…。」
そう消え入るような声で呟くと、
瞳の端から涙が流れ落ちた。
「…っ!!!」
足を痛めても、蛇に噛まれても、
痛い、苦しい…と騒がず笑顔を見せようとしていたのに
謙信に会いたいと涙を流した。
今、美蘭にとって最も辛いことは、
今、この場に謙信がいないことなのだ。
美蘭の謙信への想いの深さを見せ付けられ
秀吉は身を引き裂かれるような気持ちになった。