第19章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜恋心〜⑤
「それで。美蘭がこの織田の離れに向かったのは、間違いないのか?上杉。」
「相違ない。離れの女中にそう挨拶して出掛けたと。確認済みだ。」
謙信は、信長の問いに、淡々と答えた。
織田家ゆかりの姫で上杉謙信の許嫁である娘と豊臣秀吉。
その2名の行方が分からなくなった…と、瞬く間に大騒ぎとなり、吹田軍までが捜索に乗り出した。
おそらく最後に2人がいたであろう場所に最も近い織田の離れが捜索の拠点には最適であるとされ、
(様々な感情は一旦それぞれの胸の内に収め)一同が、織田の離れに集っていた。
「失礼仕る(つかまつる)!」
「吹田殿!何かわかったか?!」
我慢ならぬとばかりに片足を踏み出し腰を上げた謙信が、矢継ぎ早に、やってきた吹田に問いかけた。
「籠と巾着が落ちていた辺りを家臣に念入りに調べさせましたらば、斜面に不自然な草や枝の折れた形跡を発見いたしました。」
「…!それは…美蘭があの崖を転がり落ちた形跡であると申すのか?!」
「名言はできませぬが、そう考えられるかと。」
顔面蒼白の謙信を横目に
「目の前で美蘭が足を滑らせたりすれば…秀吉なら持っていたものを放り投げてでも助けに行くであろうな。」
向かいに座していた光秀が呟くと
「ああ。必ず…な。」
政宗が、間髪入れずに同意した。
「ほんっと…手がかかる女!」
「…っ!!」
苛々と家康が吐き出した言葉に反射して鞘から抜かれようとした鶴姫を、佐助が後ろから、握り締めている謙信の手のひらごと押さえると
「秀吉様でなくても、その場にいればどなたでも…助けに向かわれたに決まってます。」
ちら…と、謙信に視線を向けた三成が、静かに言った。
「当たり前のことを抜かすでない。彼奴は、俺の…織田の宝ぞ。」
「うろちょろする宝とは…なかなかに厄介だな。」
「厄介なくらいが面白れぇじゃねぇか。」
「そんなこと思うの政宗さんだけでしょ。」
「まんざらでもねぇ癖に。」
織田の武将たちのその様子から、
口先ではいろいろ言っているが、全員が、美蘭を大切に思っていることが伝わってきて、
謙信は、鞘を握る力を緩めた。