第19章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜恋心〜⑤
かの武将、豊臣秀吉も行方不明なのである。
これだけの人数が騒ぎ立てても然るべき状況。
だが
いくら中立地であるとは言え、
敵味方関係なく頭を付き合わせ
(誰もがあの美蘭という女の心配ばかり…。)
留守番でもなんでも手伝えるだろう…と、父親に連れてこられた椿は、今のところ何もすることもなく、広間の片隅に座して事の成り行きを見守っていた。
(あの女の何がここまで人を動かすのだ?)
今すぐ勝手に飛び出してい行こうとしている、取り乱した謙信は必死に周りに止められている。
幼少からの付き合いであるが、このように取り乱した謙信を見るのは初めてであり、
椿の胸は、ザワついた。
(あの女のこととなると謙信も謙信でなくなる。一体なんなのだ)
やることがないが故に
手持ち無沙汰に持て余した時間で、
つまらないことばかり考えてしまう椿。
(……もし…このままあの女がいなくなったら……)
もし、謙信の隣にいるあの女がいなくなったら…
謙信を諦める必要がなくなるだろうか?
ずっと恋い焦がれていたわけではない。
だが、いきなり見合いを突き付けられ、あらためて周囲を見渡した椿は、初めて、謙信を男として意識した。
だが、その謙信に久しぶりに対面できると喜んだのもつかの間、
謙信は許嫁の女を連れてやって来た。
混乱している最中
母に上杉は諦めろと言われ、強引に幕引きされたが
気持ちは追いつかなかった。
そして今、謙信の隣で謙信に愛されている美蘭の存在が疎ましく、羨ましく、腹立たしいが、
そんな存在だからと、ほんの一瞬でもその女の不幸を願ってしまった自分のあさましさに、吐き気がした。
「お気分が優れないのですか?真っ青です。」
「…っ。…石田…殿…。」
「ゆっくりお会いすれば、きっと好きになられますよ。」
「…!!」
あまりに鋭い一言に、ギクリとした椿に
「ご無理なさらず。」
三成は、天使の笑顔を向け去って行った。
喧騒の中
椿の心臓は
わけのわからぬ早鐘を鳴らしたのであった。
続