第19章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜恋心〜⑤
放り投げたように散らかっていたウリの餌籠。
崖の直ぐ近くに落ちていた美蘭の巾着。
その不自然な事柄をどう判断すべきか、誰もが黙り込んだ
刹那
崖下からの風が吹き上がり、
家康と三成の髪を揺らした。
「…まさか…。」
「いや、美蘭が絡んでるなら有り得る。」
視界に映る、遥か下まで続いている崖の険しい傾斜に、その場にいた誰もが、最悪の事態を思い浮かべ、息を飲んでいると
「…っ?!」
光秀と政宗を連れ、信長が鷹狩りに出掛けていった方角から、早馬が走り寄ってきた。
「…!あれは…」
「政宗さん?!」
猛然と近づいてきたのは、
間違えなく伊達政宗、その人であった。
直ぐそばまで来て手綱を引くと、
馬は前脚を上げて嘶き(いななき)、土埃を上げて停止した。
「信長様の予測通りだったな!」
ニヤリと笑った政宗に
「何が可笑しいんです?」
家康は苛つきを隠さず、言った。
「離れの裏の未開の地の中から狼煙が上っただろ?秀吉たちが、信長様に何かあったのではと騒ぎ立てるに違いないから…と、信長様がこの俺に早馬で戻れと言われたんだが。その通りだったからな。」
「当たり前でしょ。」
「そう怒るな。通じ合ってるってことだろ?」
「でも今回はそれで片付きそうにないですよ。」
「…?…と、言うと?」
「こんな時、一番騒ぎ立てる人が行方不明なんです。」
「秀吉が?」
「…もしかすると、美蘭様も…。」
「…何だと?!」
政宗は、
信長たちに状況を知らせるため、また早馬で出掛けて行った。
家康と三成は、
急ぎ、上杉の離れに向かったが…
「美蘭様、いらっしゃいませんね…。」
「これは嫌な予感が予感じゃ済まないかもね。仕方ない…行きたくないけど、念のため鍛練場にいないか確認に行くよ。」
「何しに来た。」
鍛練場に、挨拶もそこそこに上がり込んだ家康を、謙信が睨みつけた。
「…これ。美蘭のだよね?」
「いかにも。…?!何があった?!」
空気の異変を察知した謙信は、顔色を変えた。
「それがわかったらこんな所来てない。」
嫌な予感が当たりつつあり、
家康は深いため息をついた。