第19章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜恋心〜⑤
「秀吉様!」
秀吉の部屋の襖を開けてみたが
「いらっしゃらないとは…おかしいですね…。」
秀吉は部屋にはいなかった。
「秀吉さん、出かけてるの?」
「いえ、それはないはずです。外出される際は必ず行き先やお戻りのご予定を伝えて行かれますから。庭にでもいらっしゃるのでしょうか…。」
家康は、こんな時にどこへ行ったのか…という不満を込めたため息を盛大につくと、三成に言った。
「とりあえず俺は、何人か連れて信長様たちを探しに行くから。秀吉さん見付けて、そう伝えといて。」
「かしこまりました。お気をつけて。」
門の外に人や馬が集まり、家康を中心にどう動くか確認などしている喧騒を横目に、
三成が、離れの中の庭に続く道を、秀吉探しに行こうとした
その時
「三成様!門の外にお回りくださいませ!」
家康とともに門の外にいた織田の家臣の中の1人が、声を上げた。
ただならぬ声色から、何かあったと理解した三成は、急ぎ踵を返して門の外に向かった。
「いかがされましたか?」
三成が駆け寄りながら声をかけると
「少し向こうにこれが落ちておりました…。」
家臣が差し出し、見せたものは
「これは!…キュウリの餌を入れる籠!秀吉様は餌を集めに出られていたのですね。」
ウリだろ…と、思いながらも、家臣は続けた。
「周囲には籠に集めておられたであろう木の実や果物が散乱しておりました。そこで落とされたのか、放り投げられたのか…。」
几帳面な秀吉の行いとは思えない状況に、嫌な予感がした。
「こっちにも可笑しなものが落ちてるんだけど…。」
馬に乗った家康が、家臣を引き連れて山道の入り口を目指し、方角で言えば上杉の離れに向かう道を進もうとしていたのであったが、
先頭にいた家康が、馬を飛び降りて何かを拾っていた。
三成や家臣たちが、そこへ駆け寄ってみると
「これ…美蘭の巾着…だよね?」
「それは…」
家康は、藍色に赤い紐が通された粋な配色の巾着を持っていた。
「…申し訳ありません。記憶してません。」
「は?!昨日来た時も持ってたでしょ?!」
「そうでしたか…。わたしは美蘭様にお会いすると、可愛らしいお顔ばかり見てしまいまして…」
「…はあ。兎に角、昨日も見たから間違いない。これは美蘭の巾着!」