第19章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜恋心〜⑤
「さてと。出来たぞ。」
秀吉がそう言って振り返ると、
「わたしも、出来た!」
「…?!それは…。」
美蘭の右手に抱かれていたウサギが、美蘭の着物の左側の袖口の少し下に開けられた穴から顔を出していた。
「兎を…袖の中に入れたのか?」
「うん。この足じゃ、抱いたまんまじゃ連れて行けないでしょ?だから袖に入れて…落ちないように後ろの振りは、縫って塞いだの。でもきっと外は見たいだろうから…袖口の下に、覗き穴を作ってみたら気に入ってくれたみたい♡」
常に持ち歩いているソーイングセットが役立ったのであった。
秀吉は、正直あっけにとられた。
自分の男に思いを寄せている女の兎のために崖から落ち、それで怪我をしても尚、守り、連れ帰ろうとしているのだから。
(まったく…とんだお人好しだな。)
だが、
そんな性格だから周囲から愛されるのだと再確認もしてしまい、秀吉は、小さくため息した。
「丈が合うか、合わせてみるぞ。」
秀吉は、美蘭の脇に腕を差し入れて立たせると、落ちていた木の枝を蔓や蔦で補強しながら形成した、松葉杖のような杖を差し出した。
「脇を支えられる作りにしたつもりだが…どうだ?」
それは、美蘭の背丈にぴったりに出来上がっていた。
「…すごいよ、秀吉さん!サイズもぴったり!」
「さいずとぴったり…って何だ?」
「あ…えっと…大きさが丁度いい!ってことだよ!ありがとう♡」
「…そう…か。なら…良かった。」
秀吉は、
一緒にいられるこの時間が
限りなく尊いもののようであり、
これ以上ないほどの拷問のようでもあるとも感じた。
ともあれ
様々な感情はあれど、美蘭は怪我もしているのだし、まずはこの状況から抜け出さねばならない。
「そろそろ、西に向かうとするか。」
「うん。」
山火事などを引き起こしてはならないので、狼煙の火を丁寧に消して更に土をかけると、
2人は、
西を目指して歩き始めた。