第19章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜恋心〜⑤
…つんつん。
責任感を感じシワを寄せた秀吉の眉間を、美蘭の人差し指が優しくつついた。
「……?」
「そんな顔しないで?秀吉さんが守ってくれたから、この程度で済んだんだと思うから。」
「美蘭…。」
「ありがとう♡」
足が痛んで辛いのを押し隠して、気に病む自分を気遣って向けられた笑顔に、
秀吉は、ギュウッと胸を締め付けられた。
「……っ。」
手を伸ばして目の前の愛しい女を抱き締めたい衝動を耐え、
「信長様が鷹狩りに出られる前、離れ周辺はもとより、この領土全ての地図は目を通し理解しているが…この辺りは未開の地。林と草原のど真ん中といったところだ。怪我をしたおまえを連れてこれだけの崖を登るのは無理だ。…となると、西の林道に向けて歩いて向かうしかないな。」
これからどうすべきか、
秀吉は自分に言い聞かせるように、美蘭に説明した。
「立てるか?美蘭。」
差し出された手を借りて、立ち上がろうとするが
「…痛…ッ!!!」
左足を地面につくだけで激痛が走り、
また顔を歪めた美蘭の倒れそうになる身体を逞しい腕が支えて助け、ゆっくりとその場に座らせた。
「…っ…ごめんなさい…っ…。」
今から移動しなければ…という話をしたばかりだというのに、立つこともままならない自分に、
元はと言えば、この崖を転がり落ちた自分に、
責任を感じた美蘭は、暗い顔をした。
「美蘭、俺はその言葉は好きじゃないって教えたよな?」
落ち込んでいた美蘭は、秀吉にそう言われ、以前安土で言われた言葉を思い出した。
「…!………ありがと…う…。」
あ…で始まる言葉が好きなのだ、と。
「それなら、良し。」
秀吉は、満面の笑みでそう言いながら、大きな手のひらで、美蘭の頭をふわっと撫でた。
「ふふ。秀吉さんは変わらないね。」
こんな時にも自分を甘やかしてくれる秀吉に、思わずそう呟くと
「俺は…何も変わってねェよ。」
そう言った秀吉の瞳は、何かもの言いたげだった。
「……っ!」
攫われたまま、安土を飛び出してしまったのは
変わってしまったのは自分。
そう気づいて気まずくなった美蘭は、
思わず、秀吉から視線を外した。