第19章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜恋心〜⑤
兎を抱き締めた美蘭は、
秀吉に抱き締められるように守られながら崖を転がり落ちた。
崖といっても、途中、草が生えている場所が多いのは幸いであったが、勢いついた2人と1羽の身体は、長い長い崖でさらに勢いを増した。
回転しながら落ちている間、
どちらが上か下か分からぬほどに流れ行く景色は、まるで万華鏡を覗いているかのように目に映った。
周囲に神経を張り巡らせていた秀吉が、
(もうそろそろ下に着くか)…と、一瞬気を緩めたその時、
転がり行くその先に、
子供の背丈ほどもありそうな草が島のように生い茂っている場所が現れ、
2人と1羽は、それに衝突した。
「…うわ…ッ!」
「きゃっ…!!!」
そこにぶつかった衝撃で、
秀吉は美蘭の身体を手放してしまった。
「美蘭っ!」
「きゃああ…っ!」
秀吉は肝を冷やしたが、
気付けばそこは崖のほぼ1番下であり、投げ出されたが、周囲に生い茂った草がクッションのような役割を引き受けてくれ、ようやく止まれたのであった。
秀吉は、少し離れた場所に倒れている美蘭に、声をかけた。
「美蘭、大丈夫か?」
「大丈……っ?!…い…った……ッ…!」
「どうした?!」
美蘭の様子がおかしいことに気づいた秀吉は、
慌てて立ち上がり、まだ若干目が回るような感覚に囚われながらも、美蘭のもとへ駆け寄った。
「…っ足が…っ。」
美蘭は、崖を落ちる間も、今も、兎はしっかりと右手で抱き締めたまま、左の足首の後ろ側を押さえながら、呻いていた。
「見せてみろ。」
世話を焼かれ慣れた相手の言葉に、
美蘭は差し出すように、素直に押さえていた自分の手を離した。
秀吉が足に触れただけで、
「っ…っ痛…っ!!!」
美蘭は、顔を苦痛に歪ませた。
「…落ちた時に足を捻ったか…。俺がおまえを離してしまった所為だな。すまない。」
美蘭が、兎の安全を優先する余り、自分自身の受け身を怠ったが故の怪我とも言えようが、
自分が付いていながら美蘭に怪我をさせてしまった無念さに、今度は、秀吉が顔を歪ませた。