第17章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜恋心④〜
「一緒に帰ろ。いつもの草むらに。ね?」
兎の可愛らしさに道の真ん中だということを忘れ、座ったまま膝の上の毛玉を優しく撫でた。
そんな美蘭の耳に
ジャリ…
と砂利を踏んだ足音が聞こえたと同時に
「…美蘭??!」
背中越しに、自分の名を叫ぶ声が聞こえた。
「…秀吉さん…?」
美蘭は、すぐにその声の主がわかった。
のん気な様子の美蘭とは対照的に、
転んだのか?
具体が悪くなったのか??
野党に襲われたのか???
道端に座り込んでいる美蘭に、いったい何が起こったのだろうか…と、心配性の世話焼きは、顔面蒼白で狼狽えていた。
「何があった?!怪我はないか??!」
大声を張り上げながら、砂利を踏む音を響かせて、必死の形相で走り寄って来る秀吉。
この男に心配され慣れている美蘭にとっては、よくある光景であるのだが
「…びゃ!!!?」
小さな兎にとっては脅威に感じたらしく、今まで聞いたことがない奇妙な叫び声を上げなから飛び上がると、美蘭の膝の上から飛び出し、ダダダッ!…っと山道を全速力で駆け出した。
「あ!兎さん!!!」
「いったいどうしたんだ?着物も汚れてるじゃないか…」
美蘭の側に辿り着いた秀吉は、
いつもの心配から溢れる小言を言いながら、道に座り込んでいる美蘭の身体を優しく立ち上がらせると、頭の先から足元まで、怪我はないかと確認をはじめた。
そんな秀吉に向けられた、秀吉にとって思ってもいない言葉。
「もうッ!なんで秀吉さんはすぐに大きな声を出すの?!兎さんが怖がって逃げちゃたじゃない!」
「……?う…さぎ…???」
「こないだもびっくりさせたでしょ?!今日だって…あ!兎さん!何処行くの?!待って…!」
「……っ。」
秀吉に叱りつけたり、嫌味を言ったり出来るのは、
今や織田に集っている武将たちくらいのもの。
それこそ女になど、泣いたり縋られたり…そうしてチクりと責められたことはあるが、面と向かって叱られたのは、幼い頃母親に叱られて以来であろう。
そんな久々の出来事は、衝撃であり、新鮮であり、何故か秀吉の胸を高鳴らせた。