第17章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜恋心④〜
翌朝。
謙信が信玄たちと、いつものように朝の鍛錬に出掛けた後、美蘭は、織田の離れに向かった。
その途中、眺めの良い丘に差し掛かり、美蘭はあまりの景観の美しさに足を止めた。
「綺麗…!」
そして眼下に広がる木々や花々が織りなす素晴らしい景色を堪能するように、大きく深呼吸をすると、
草花の香りが一気に身体の中に流れ込み、感じた身体が浄化されるような清々しさは、謙信が自分へ向けてくれている揺るぎない愛情の輝きのようにも思え、思わず顔に笑みが浮かんだ。
素晴らしい景色と空気の中を、謙信の深い様々な思い…自分への深い愛情の詰まった文(ふみ)を携えて、甘く疼く胸に感慨深い思いをを携えて暫く歩いて行くと…
「…あれ?あのコ…。」
道の先に、見覚えのある左右色違いの瞳の兎がいるのが見えた。
恐らく椿の兎に間違いないだろう…と思ったものの、
いつもの、上杉の離れと鍛錬場の間にある草むらから、兎の足でここまで来るには、少し距離があり過ぎないだろうか?と、美蘭が考えを巡らせていると
「!」
兎の方が美蘭に気づいたらしく、美蘭に向かって猛然と走り寄って来た。
「やっぱりあなたは椿さんの…」
そして、
「、、きゃ!!」
速さを緩めることなく美蘭に飛びかかってきた。
突然のことに驚いた美蘭は、尻餅をつきその場に倒れ込んだ。
「きゃっ!!」
受け身も出来ず、尻にかなりの衝撃と痛みが走ったが、
膝の上の毛玉の満足げな顔を見たら、そんな痛みはどうでも良いと思えた。
「ふふ。随分と遠くまで遊びに来たのね?それで…帰れなくなっちゃったのかな?」
ふわふわの毛玉は、美蘭に撫でられながら満足げに、鼻をヒクヒク動かしている。
その実は、
昨日、鍛錬の後に織田の離れに美蘭を迎えに来た謙信の後をついて来たものの、兎の足ではここまでが限界で、動けなくなってしまっていたのであった。
謙信と美蘭が上杉の離れに帰るため再びこの場を通ったときには、力尽きて草の陰で眠ってしまっていたため、気づいても貰えなかったという訳だった。