第17章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜恋心④〜
「美蘭…。」
何かを思案するような謙信に名前を呟かれ、
無我夢中で捲し立ててしまった美蘭は、
「…あ…っ…。」
冷静さを取り戻した。
「ごめんなさ…っ…」
冷静になってみると、
2人のために影ながら動いてくれていた謙信に対して、感謝するどころか興奮して文句を言ったように聞こえなかっただろうか?
謙信は、そんな自分に呆れてしまったのではないか?…と、
急激に不安が押し寄せてきた。
「…おまえは、そのように思っていたのだな。」
色違いの瞳は、美蘭をじっと見つめながら、言った。
「お家のことも祝言のことも。俺にとって、大した問題ではないから…あえておまえに話して来なかった。」
「…っ…。」
謙信にとって2人の祝言は大した問題ではなかったのだという事実に、美蘭は、冷や水を浴びせられたような感覚に陥った。
2人の想いには隔たりがあったのであろうか。
不安と悲しみがぐるぐると胸の中にとぐろを巻き始めた
その時
「…未来永劫一緒だと誓ったのだ。祝言などせずとも、覚悟も誓いもとっくに済ませているのだからな。」
「…っ!!!」
発せられた言葉は、美蘭の不安など一瞬で吹き飛ばしてしまうほどに、深く、甘い、謙信の愛情に満ちた言葉であった。
「だが、おまえがそれでも尚、迎える出来事一つ一つを大切にしていきたいというのならば…これからは俺も、おまえと共に迎える出来事全てを大切にしていこう。」
「謙信様…っ…」
「さみしい思いをさせて、すまなかった。許してくれるか?」
この人の心はなんて広いのだろう。
この人の愛はなんて深いのだろう。
それなのに
また、色違いの瞳を不安で揺らしてしまった。
美蘭は、謙信の胸に抱きついた。
「愛しているから…知りたいんです。」
そして呟いた言葉に、
「美蘭…。」
謙信は、はっとした顔をした。
「一緒にいられない時でも、心はいつも一緒にいたいんです。…だから、もっと謙信様の心を…気持ちを…聞かせて下さい。」
そう言って、さらに強く抱き着いた美蘭。
一緒にいられない時
…それは戦国の世にあれば、いつ訪れるやもしれぬ現実。
「……ああ。約束する。」
謙信は、優しく抱き締めかえした。