第17章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜恋心④〜
「……おいで。」
謙信は、背中から自分を力任せに抱き締めている美蘭の震える手のひらを優しく引くと、
美蘭を、自分の胡座の中に招き入れ、ギュッと抱き締めた。
そして謙信は、
「何故泣く?」
そう言って美蘭のつむじに口付けた。
「謙信様が…わたしを置いてきぼりにするから…っ…」
謙信は、
自分の腕の中で、泣きながら興奮気味にそう言う美蘭を、怪訝な表情で見つめながら
「おいてきぼり…?」
不思議そうに聞いた。
その、美蘭の言葉の真意がまったく届いていない様子の謙信に、美蘭の胸の中にじれったさが溢れた。
「そうです!わたし…謙信様が上杉のお年寄りとそんなお話してるなんて…知りませんでした…っ!」
「それは…なかなか話が上手く立ち行かず…すまないと思っている。」
美蘭の髪を撫でて宥めようとする謙信に
「そうじゃなくて!」
「…っ?!」
美蘭は大きな声を出して反発した。
「祝言とか…っ!…妻に…なるんですよっ?!そんな…そんな大切な話…なんで教えてくれないんですか?」
胸が上下するほど叫んだ美蘭。
その美蘭に、
「おまえはお家や祭り事の心配などせずとも良い。」
謙信は、顔を斜めに近づけ口付けようとした。
「…っ…いや…っ!」
「…??!」
美蘭は、謙信の腕の中で身体をよじり、それを拒絶した。
謙信は、たちまち絶望した表情になる。
「なぜ俺を拒む?」
「謙信様がわかってくれないからです!」
「…?」
謙信の不安げな瞳に一瞬心揺らいだ美蘭であったが、ここは譲れないと思い、言葉を続けた。
「わたしは…謙信様が何を考えて、何を目指して、何をされているのか…知りたいんです。」
息継ぎする間もなく、必死に言葉を続けた美蘭は、
「わたしじゃ力になれない事ばかりだと思います。でも…帰ってきたあなたを…謙信様を…労わることくらい出来ます…っ。」
身体も声も震えていた。
そして自然に口をついた言葉は
「病めるときも健やかなときも…どんな瞬間でも…2人一緒に同じ未来に向かっていたいんです…!」
まるで500年後の結婚式の誓いのような言葉。