第17章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜恋心④〜
いつもなら、
わたしの気配がほんの少し揺れただけですぐに気付いて抱き締めてくれる謙信様。
きっと今わたしが震えていることなんて…お見通しの筈。
そんな謙信様が、
振り返りもせず淡々と話している。
きっと本当は、敵軍と一緒に宴なんて開きたくない筈。
でも、わたしのことを想って、
織田へのけじめとして、
宴を開くことを決めてくださったんだろう。
そして、、、
さりげなく話してくださったけど…
上杉の中でわたしとの今後を話し合ってくれていたなんて、ぜんぜん知らなかった。
お家(いえ)とか血筋とか、
そういったものが重んじられる戦国の世なのだ。
どこの馬の骨ともわからない突然現れたわたしなんて、怪しい上に、なんらお家のためにならないのだから、反対する人がいて当然だと思う。
…だけど
謙信様が上杉の中で、1人でそれと闘ってくれていたなんて。
それも気の短い謙信様が、
力づくでなく
きちんと理解を得ようとしてくれているのがわかる。
織田とのことも
上杉の中でのことも
どちらもすごく大変なことなのに…
わたしのために…。
きっと、上杉のことなんて、話が上手く進んでいないから…わたしに心配をかけないように…と内緒にしていたに決まってる。
きっと、振り返ることもできないのは、申し訳ないと思っているのに決まってる。
……この人は、自分を責めてしまうから。
そういう人だから。
謙信の、並々ならぬ想いと気遣いに、
自分と連れ添って生きるための覚悟に、
美蘭は胸を揺すぶられ、
体の底から熱いものが込み上げて来た。
美蘭は、
目の前の、
自分のために
2人の未来のために
たった1人で奔走してくれていた愛しい男の背中にギュッと、思いきり抱きついた。
「もう…っ…!…1人で…頑張らないでくださいっ!」
謙信の、
自分への深い愛情を思い知らされた嬉しさと
すぐに1人で抱え込んでしまう悪い癖への怒りが
美蘭の心の中でグチャグチャに混ざり合い
涙を流させた。
「…美蘭…?」
文を書きながら自分の感情に浸っていた謙信が、
背中にぶつけられた熱い感情に気づいた。