第17章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜恋心④〜
「……ん…?」
美蘭は、瞼の裏に明るさを感じて目が覚めた。
朝かと思ったが、明かり取りに光が見えないところを見ると辺りはまだ暗いようだ。
今夜も止まらぬ愛情と独占欲を全身で受け止めた気怠い身体で
布団の中で寝ぼけた頭で横になったまま部屋の中を見回すと、
行灯(あんどん)の灯りを頼りに、文机に向かっている謙信が目に入った。
「…謙信…様?」
「……起こしたか。」
起き上がると、
体に触れた外気はひんやりと冷たかった。
「…っ。少し…冷えますね。」
ふるりと身体を震わせた美蘭は謙信が寝着一枚の薄着なのに気づき、
立ち上がって謙信の夜用の羽織を手に取り、謙信の後ろに回って、後ろからそっと羽織を謙信の肩に掛け、そのまま、たくましい肩に、疲れを労うように両方の手のひらを乗せた。
「考え事…ですか?」
美蘭は、難しい顔をして文を書いているらしい謙信に、背中から声をかけた。
すると謙信は、肩に乗せられた美蘭の手に自分の手を添えると、細い指先に、チュ…と口付けを落とした。
「……いや。もう、考えは纏まっている。」
謙信は、首はそのままに、色違いの瞳だけを美蘭に向けた。
「明日…これを織田の離れに届けて来てくれ。」
「…?…この文を…織田の皆さんに…?」
予想もしなかった言葉に驚きながら、まだ開かれたままの文に目を落としてみると
達筆過ぎて全てを把握することは出来ないが、薄っすら内容が見えた気がした。
「…何かの…案内状…ですか?」
「ああ。明後日…湯治最後の夜に宴を開く。…彼奴らが来たいなら、来てもいいと伝えてくれ。」
「……っ?!」
「本当はすぐにでも祝言を挙げて、日ノ本中にお前は俺のモノであると知らしめてやりたいところだが…上杉の年寄りの中には家柄がどうとか煩い者がおってな。正直今、揉めておる。
其奴らにきちんと納得させた暁に…盛大な祝言を挙げるつもりでいるのだが…織田の彼奴らには…いち早く示しをつけたほうが良いだろうからな。」
「…っ…。」
(……それって…なんだかまるで……プロポーズ??!)
美蘭の心臓は、
ドクンドクンとやたら大きく鳴り響き
喉はカラカラになり
思わず無意識に口元を抑えた手のひらは、震えていた。