第16章 恋知りの謌【謙信】湯治編〜 恋心 〜③
今、手を伸ばして
自分はいったい何をしようとしたのか…
身体中が心臓になったような動悸の中で
息苦しいほどに胸を締め付けられながら
秀吉は自問自答した。
「おい、美蘭。上杉が迎えに来たぞ。」
そんな中、
「…っ。」
更に、美蘭はもう既に手が届かぬ存在になったのだと思い知らされる。
寝ぼけ眼(まなこ)で帰り支度をした美蘭を、離れの入り口まで見送りに行くと
左右色違いの瞳の不愉快そうな顔の男が、立っていた。
「遠回りして…来てくれたんですか?」
頬を赤らめ、嬉しそうにそう言った美蘭。
そんな小さな事柄も、秀吉の胸をチクリと突き刺した。
「たいした距離ではない。」
不愉快そうに吐き出された言葉。
だがそれは、美蘭を安心させるための言葉であることは、誰の目にも明白であった。
「過保護な男だな。」
「…くっ。迎えがなければ送っていただろう?」
「…似たり寄ったり。」
政宗、光秀、家康の戯言を聞き流し、
「こちらがお荷物です。」
謙信に美蘭の荷物を手渡す三成を視界におさめながら、
「…信長様の羽織をありがとうな。…ウリのことも…助かった。」
秀吉は、名残惜しそうに美蘭の頭をくしゃと撫でた。
「お役に立てたなら良かった♡またいつでも言ってね。」
ふにゃ、と笑った美蘭から、秀吉は目を離すことができなかった。
「……。」
その様子を見ていた謙信が、無言で美蘭の腕を掴むと、グイと自分の方へ引き寄せた。
「…きゃっ?!」
急に引き寄せられバランスを崩した美蘭を抱き寄せると
「…世話になった。」
そう言って、外に連れ出した。
「お邪魔しました!…あ…っ。」
美蘭が、慌てて挨拶をした時には、既に入り口の引き戸が、謙信によってピシャリと閉め切られた後であった。