第16章 恋知りの謌【謙信】湯治編〜 恋心 〜③
「もう!謙信様ったら…っ…?!」
挨拶くらいさせて欲しかったと抗議しようとした美蘭は、
あっと言う間に謙信の腕の中にいた。
「…。」
逞しい腕の中で、あたたかい体温を感じながら、耳元に聞こえる謙信の心臓の音を聞きながら
ただ無言で強く自分を抱き締めている謙信が、
わずかに震えているような気がした。
(……謙信…様…。)
自分も、謙信に椿との長年の付き合いを大切にして欲しいと見送っている癖に、その実、心中は穏やかではない。
500年先からやって来た自分でさえそうなのだ。
恋愛感情のみならず、この戦国の世で、ずっと敵対して来た相手に自分を送り出してくれている謙信はどんな複雑な思いでいることか。
もはや、それを知る術はないが、
自分の幸せのために、謙信が耐えてくれていることだけは、確かだ。
怒りや嫉妬なら、まだいいが。
また、伊勢姫の時のように、不安の迷路に迷い込んでしまったら大変なことだ。
抱き締められていた胸を押し返すと、
「…っ?!」
美蘭は、
ほんの少し緩んだ謙信の腕の中で背伸びをして
自分から謙信の唇に、口付けた。
そして
「…大好き…です…。」
ありったけの思いを込めて、気持ちを伝えた。
腕の中から自分を見上げ、
眩しそうに目を細めながら、愛を呟いて来た美蘭。
家族に合わせるため…とはいえ、
敵陣に
…美蘭を憎からず思っている輩の巣窟に送り出すのは、謙信にとって激しく不愉快であった。
だが
(この笑顔が見れるなら…。)
やはり、
見送って良かった…と、思えた。
「…足りぬ。もっと口付けろ。」
そう思ったら寛大に見送った自分への褒美が足りないと思った謙信は、更に口付けを迫った。
「…っ…あとは帰ってから…」
まだ安土の離れを出たばかりのため、美蘭は必死に抵抗したのであったが
「辛抱ならぬ」
抵抗は虚しく
「ん…んっ…。」
唇はいとも簡単に奪われ、
「チュ…んん…っチュク…っふ…っ…」
唇から身体ごと奪われてしまいそうなほど、
噛み付くように激しく、深く、
そして
腰が砕けるほど蕩けるように甘く
口付けられ
愛を注ぎ込まれた。
続