第16章 恋知りの謌【謙信】湯治編〜 恋心 〜③
思ったよりも確認事項が多く、武将たちが打ち合わせを終えられたのは昼近くであった。
昼餉を一緒にどうか、と美蘭に声をかけるため、秀吉は隣の部屋に向かった。
「すまなかったな、美蘭。」
襖を開けながらそう声をかけたのだが、
「……。」
「……美蘭?」
返事はない。
客間としても使えるその部屋の、閨としても使える奥の間を覗いて見ると
「…寝ていたのか。」
座布団を並べてウリを抱き締めて眠る美蘭を見つけた。
近づいて見下ろしてみれば、
ふわふわの毛玉と並んで眠るその様は可愛らしくて、秀吉の頬は無意識に緩んだ。
美蘭がこの離れに来てから見せた、笑顔や、すぐにムキになる姿は変わっていなかった。
変わっていないが故に、
こうした時間に限りができてしまったことが疎ましく、受け入れ難い。
秀吉は、美蘭の前に膝をつくと、
思わず手を伸ばして顔にかかっている髪の毛を後ろに流した。
すると
「…っ。」
美蘭の首の後ろに咲いた幾つもの紅い花が、
秀吉の眼に映った。
(これは上杉がつけたものか…。)
美蘭は自分の物であると主張するかのようにつけられている、口付けられ、肌を吸われ、つけられた紅い花。
上杉の男の欲を美蘭が受け入れてつけられた、紅い花。
秀吉の中で何かがグラグラと煮え立つような感情が湧き上がり、兄に徹しようと、必死に築いていた牙城の壁がひび割れた。
その瞬間
無防備に横たわる身体の柔らかな曲線も、薄く開いた唇も、ほんの少し緩んでいる着物の合わせも、裾も、全てが生々しく淫らなものに見え始め
秀吉の動悸はドクドクと早まった。
(…美蘭…。)
このまま抱き締めたら自分のものにしてしまえるだろうか?
…秀吉の中にそんな思いが溢れ出し美蘭に向かって手を伸ばした
その時
「やめておけ。」
「…っ!…光秀…。」
いつの間にか側にやって来ていた光秀の声に引き止められた。
「そんな顔でそれ以上その女に触れぬ方がいい。」
「…そんな顔?」
「欲に焼かれた余裕のない男の顔だ。」
「…!!!」
必死にひた隠しにしてきた内心を言い当てられた秀吉は、動悸で胸が張り裂けそうになった。