第16章 恋知りの謌【謙信】湯治編〜 恋心 〜③
「こんにちは。」
美蘭は、織田の離れを訪れていた。
「美蘭様、皆様お待ちかねですよ。」
「三成くん!みんないるの?」
「はい。安土から使いが来ていまして、留守中問題が起きていないか、確認するための簡単な寄り合いをしております。」
三成の後ろについて、案内された部屋の襖が開かれると、
「やっと来おったか。」
「よく来たな。」
上座で分厚い書簡に見入っていた信長と秀吉が笑顔で迎えてくれた。
「…遅いんだけど。」
相変わらず天邪鬼な家康に、
「一本道で迷ったか?」
相変わらず意地悪く揶揄う光秀。
「待ちくたびれたぞ?俺は茶を淹れてくる。」
立ち上がった政宗は、美蘭の髪をくしゃと撫でながら声をかけると、部屋を後にした。
寄り合いの輪には、三名の安土からの使いが参加していた。
(あ…見覚えのある方達…。)
美蘭がぺこりと頭を下げると
「美蘭様!」
「お久しゅうございます。」
「まさかお会いできますとは!」
使い達は口々に美蘭との再会を喜んだ。
「さあそろそろ…この俺にその惚けた顔を見せに来い。」
歓迎と揶揄いの声に揉まれ、呆然としていた美蘭に、信長は低音の声でそう言いながら、自分のすぐ隣の畳をぽんぽん、と叩いた。
「あ…っ…。はいっ!」
久々の信長の呼び寄せに、なんとなく緊張してしまった美蘭は、ぎくしゃくと、信長に近づいて行った。
「お久しぶり…です…。」
いきなり隣に行くのも不躾かと、
一旦信長の前に座り、ぺこりと頭を下げると
「戻ったと挨拶しろ。」
「…へ?」
返されたのは、予想外の言葉。
「お前は何処にいようが、織田に幸運をもたらす女。他人行儀にされてはかなわん。」
「…っ!」
それは、
上杉に身を置いている現在であっても、安土は美蘭の帰る場所に変わりはないのだ…と、言ってくれているのに他ならなかった。
美蘭は、
我儘を言って飛び出した自分に向けられたあたたかい言葉に感動して、泣き出しそうになり、鼻がツンとしたが、
「只今…帰りました…っ…。」
泣くのを堪えながら、挨拶をやり直した。