第16章 恋知りの謌【謙信】湯治編〜 恋心 〜③
パン!!!
衝撃音の直後、竹刀が弾き飛んだ。
「一本!」
「…っ…またか…!」
手合わせしていた幸村と椿。
幸村の圧倒的な強さの前にこてんぱんに負け続けている椿に、利き手ではない左手で相手をした幸村であったが、今回もあっけなく幸村の勝利に終わった。
「おっし!休憩しようゼ!!!」
勝ったことを喜ぶでもなく、言ってみれば当然のように振る舞う幸村に、椿の悔しさは更に増した。
「もう一度手合わせしてくれ!幸村!」
竹刀を拾い上げ、そのまま幸村に詰め寄った椿であったが
「後でな。喉カラカラ。」
幸村は、そう言うと、さっさと水や茶が用意された畳敷きの簡易休憩所に行ってしまった。
「休めるときに休む…それも強くなるには必要だ。」
「…信玄殿…。」
「今日も甘味を持ってきたんだ。」
「…!今日は何を?!」
実はかなりの甘党の椿は、信玄と意気投合していた。
「豆大福だ。」
「ひと休みしよう♡!!!」
険しい剣客の顔が、年頃の娘の笑顔に変わった。
普段、鍛錬の合間に甘味など許されない信玄だが、周囲の椿への配慮もあり用意された甘味を便乗して楽しんでいた。
椿は、優れた武将たちにしごかれ精進する楽しさと、普段は領主の娘として扱われているのとは違う、対等な扱いをしてくれる謙信たちとの関わりを日々楽しんでいた。
「謙信、今日天女はどうしているんだ?」
二つ目の豆大福に手を伸ばしながら信玄が言うと
「…さあな。」
謙信は、お茶を喉に流し込みながら、涼しい顔で答えた。
「…?!さあな??……ッイテ!!!」
謙信の答えに驚いた瞬間、幸村に二つ目の豆大福を取ろうとした手を叩かれた信玄。
幸村に恨めしそうな視線を向けながら続けた。
「織田の奴等が放っておく訳がないだろう。…いいのか?」
謙信とて、そんなことはわかっている。
だが、
美蘭に好きなように振る舞えと言ったのは自分。
とはいえ、
詳しい事情を知れば、美蘭を何処かに閉じ込めてしまいたくなるに決まっているから、あえて、今日の予定は聞かなかったのだ。
「……つまらん話は終わりだ。始めるぞ。佐助!」
美蘭が今どうしているか…想像したくない謙信は、
鍛錬に集中しようと思い、立ち上った。