第15章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜恋心〜②
「…だが…っ!」
(…あんなに不愉快そうな顔をしていたではないか!)
部下への愛情表現に刀で斬りつけるほど、何者にも何事にも流されない謙信の、感情を耐える姿など見たことがなかった椿。
美蘭のために初めて見せた耐え忍ぶ謙信の顔。
あんな顔をしておきながら、その原因を好きにさせておけという謙信が、椿には理解できなかった。
「それと石田。鍛錬には、美蘭の勧めで毎日出掛けている。美蘭は…おまえ達が思うよりずっと出来た女だ。」
「…!」
色違いの瞳はまっすぐに三成に鋭い視線を向け、言った。
織田の武将たち全員が、自分に向けられた言葉と受け取り、
自分よりも深く美蘭を理解していると言わんばかりの謙信に苛つきを覚えた。
だが、
敵でありながら、自分たちを美蘭の家族のようなものだと認めている発言をした謙信を、たいした奴だ…とも思った。
「…帰るぞ。」
謙信は、そんなそれぞれの思惑など素知らぬ風で、美蘭に手を差し伸べた。
「あ…はい。…!でも…っ。」
美蘭はつられるように返事をしたものの、ひろげた敷物や、政宗が持ってきてくれた弁当を気遣い、どうしたものかと思った。
「行きなよ。薬草干してるから敷物持ってかれたら困る。」
「…家康。」
「俺たちはここで弁当食って、昼寝だ。」
「政宗…。」
「そんな訳だ。片付けられたら俺たちが困る。おまえは自分の荷物だけ持って、帰れ。」
秀吉が、美蘭の顔を覗き込むように見つめながら、笑顔を浮かべ、あたまを優しく撫でながら言った。
「…秀吉…さん。」
「………。」
その様子を見ていた謙信は、途端に不愉快になり、思わず剣の鞘に手をやってしまった。
(…豊臣…。此奴…。)
秀吉の、美蘭に向ける視線に、ただならぬ想いや感情を感じとった謙信は、
敷物の上にまだ座っている美蘭の後ろにまわり、
「…きゃ?…謙信様??!」
いきなり美蘭を横抱きに抱き上げた。
「…あ…っ…まだわたし…」
帰る用意をしていない美蘭は慌てたが
「佐助、美蘭の草履と荷物を持って来い。」
「…はっ。」
謙信は、
そのまま美蘭を連れ帰った。